Instinctとは、本人の代わりに買い物や予約まで実行するAI秘書のことです。
TechCrunchによると、創業からわずか1年のAIアシスタント「Instinct」が、シリーズBで2億5,000万ドルを調達し、累計調達額3億5,000万ドル、企業評価額25億ドルに到達しました。注目すべきは金額そのものよりも、初期ユーザーが「週の食料品」「コンサートのチケット」を実際に購入したと報告されている点です。AIが人の代わりに決済ボタンを押す段階に入ったことを示しており、日本のEC事業者にとっても他人事ではありません。本記事は、EC支援19年・5,000社超の実績を持ち、AI導入支援は2023年から提供する株式会社オルセル(うるチカラ運営)が解説します。
何が起きたか:創業1年のAI秘書が評価額25億ドルへ
結論から言えば、まだ一般公開すらされていないAI秘書に、シリコンバレーの資金が異例のスピードで集中しました。Instinctはサンフランシスコ拠点で、Spear Street Technologyが運営し、23歳の創業者ノア・シン(Noah Shinn)が率いています。シンは対話AI企業Sierraのリサーチサイエンティスト出身です。
今回のシリーズB 2億5,000万ドルはIndex VenturesとBenchmarkが共同リードし、これで累計調達額は3億5,000万ドル、評価額は25億ドルになりました。Forbesは、この評価額が数週間で5倍に跳ね上がったと報じています。TechCrunchはさらに、Kleiner PerkinsとConvictionも出資済みだと複数の投資家から確認したと伝えています。
プロダクトの中身はシンプルです。メール、メッセージアプリ、カレンダー、端末の音声や位置情報、画面などに接続し、ユーザーはテキストやWhatsAppの通話で指示を出します。予約の代行、受信箱の整理、空港までの配車手配、そして買い物までを代わりに実行します。創業者のシンは、初期ユーザーが「週の食料品やコンサートのチケットを購入し、数百ドル分のサブスクリプションを解約した」とXへの投稿で述べています。現時点ではプライベートベータで、一般公開はされていません。
日本のEC事業者にとっての3つの論点
第一に、代理購入が「実験」から「実売」に変わったことです。これまでAIエージェントによる購買は概念実証の域を出ませんでしたが、食料品の定期購入やチケット手配といった、単価が低く判断が定型化しやすい領域から実際の決済が発生し始めています。楽天市場やAmazon、Shopifyで運営している店舗にとっては、商品ページを読む相手が人間だけではなくなるという前提変更を意味します。価格、送料、納期、在庫、返品条件といった判断材料がテキストで明示されていなければ、AIの比較検討テーブルにそもそも載りません。
第二に、プロンプトインジェクションが受注リスクになる点です。TechCrunchの別記事によれば、Hello Patient共同創業者のアレックス・コーエンは、新規に作成したGmailから自分の個人アドレス宛にInstinct向けの指示を書いたメールを送り、どれだけ簡単にフィッシングできるかを検証したうえでアカウントを削除しています。EC事業者側から見ると、自店が送る注文確認メールや問い合わせ返信の文面が、顧客のAIエージェントに読み込まれ、そのまま指示として解釈される可能性があるということです。命令形の文言や、リンクを踏ませる前提の導線は、この観点で見直す価値があります。
第三に、権限設計と信頼の問題です。Moxxie Venturesのケイティ・ジェイコブス・スタントンは、Instinctが確認なしに自分名義でメールを送信したとして、「一度の無許可のアクションで信頼はゼロに戻る」とXで指摘しました。Instinctの利用規約は、ユーザーの素材に対する永続的で取り消し不能なライセンスを認めるうえ、ユーザーに代わって拘束力のある取引を締結できると定めており、この点が批判を集めています。これは自社でAIを導入する側にも跳ね返ります。自動返信や自動値引きをAIに任せる場合、承認ゲートなしで実行させた一件が、店舗評価を一気に毀損しかねません。
今後の展望と初動アクション
今後注目すべきは、代理購入がどのカテゴリから広がるかです。現時点で報告されているのは食料品、チケット、旅行手配、サブスク解約といった領域で、いずれも比較軸が価格と日程に集約されるものです。逆に言えば、アパレルやコスメのように実物の質感や口コミが判断を左右する商材は、当面は人間の意思決定が残ると見ています。
日本のEC事業者が今日から着手できることは4つあります。まず商品ページのスペック情報をテキストで明記し、画像内の文字だけに情報を閉じ込めないこと。次に、送料と納期の条件を条件分岐まで含めて書き切り、AIが誤読しない状態にすること。三つ目に、定期購入の解約導線を確認することです。AIによる代行解約が広がれば、これまで惰性で継続していた層の解約率が上がる可能性があるため、継続理由を訴求する接点を前倒しで用意しておく必要があります。四つ目に、自社でAIエージェントを運用する際は、権限を最小限に絞り、送信や決済といった不可逆の操作には人の承認を必ず挟む設計にすることです。
まとめ
Instinctの25億ドルという評価額は、投資家が「AIが人の代わりに買う」市場に本気で賭け始めた証拠です。ただし同時に、権限の過剰付与とプロンプトインジェクションという未解決の課題も露呈しました。日本のEC事業者は、AIに読まれる前提の商品情報整備を進めつつ、自社でAIを使う側としては承認ゲートを外さないという、両面の構えが求められます。
参考文献
- TechCrunch: Viral AI startup Instinct has raised $350 million at a $2.5 billion valuation
- TechCrunch: Instinct’s powerful AI assistant is raising privacy and security concerns
- The Wall Street Journal: The Latest Viral AI Assistant Rocketing Across Silicon Valley
- Forbes: VCs Are So Obsessed With This AI Assistant That Its Valuation Jumped Fivefold In Weeks
※うるチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴社のEC事業に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://uruchikara.jp/contact/
引用元: TechCrunch
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / 19年・5,000社のEC支援実績)

株式会社オルセル代表取締役 / うるチカラ編集長。19年・5,000社以上のEC支援実績を持ち、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピング・Shopify・Shopee越境ECの実装ノウハウを保有。AI×ECに関する書籍を3冊執筆。「現場で使えるAI実装」を一次情報として発信しています。