楽天AIは日本のEC業界を変えられるか:世界基準との現実的なギャップと今後の戦略

投稿日: カテゴリー EC×AI活用

2024年7月30日、楽天グループがエージェント型AIツール「Rakuten AI」の本格提供を開始しました。楽天モバイルのRakuten Linkアプリに搭載され、チャット形式で利用できるようになったこのサービスは、日本のEC業界にとって新たな可能性を示唆する一方で、世界基準のAIとの大きなギャップも浮き彫りにしています。本記事では、楽天AIの現状と課題を分析し、日本のEC事業者が取るべき戦略について考察します。

楽天AIの強みと日本市場への適合性

楽天AIの最大の強みは、日本語ベースでの開発という点にあります。ChatGPTをはじめとする主要な生成AIは英語圏での開発が中心であり、日本語の微妙なニュアンスや敬語表現、文化的な文脈の理解にはまだ改善の余地があります。楽天AIは日本語をベースに開発されているため、日本人ユーザーにとってより自然で使いやすいインターフェースを提供できる可能性があります。

さらに、楽天AIは楽天市場の膨大なデータをベースに構築されています。年間流通総額5兆円を超える楽天市場の取引データ、商品情報、顧客レビューなどを活用することで、日本の消費者の購買行動や嗜好を深く理解したAIの開発が期待されます。また、2024年7月15日には経済産業省とNEDOが推進する生成AI開発支援プロジェクト「GENIAC」の第3期公募に採択され、計算資源などの公的サポートを受けて、2025年8月から「長期記憶メカニズムと対話型学習を融合した最先端の生成AI基盤モデルの研究開発」を開始することも発表されています。

楽天市場に出店している事業者にとっては、RMSに搭載されたAI機能が業務効率化に貢献する可能性もあります。商品説明文の自動生成、在庫管理の最適化、顧客対応の自動化など、EC運営の様々な場面でAIの活用が期待できます。

楽天AIが抱える根本的な課題と限界

しかし、楽天AIには大きな構造的課題があります。最も重要な問題は、「Rakuten AI」があくまで楽天エコシステム内に閉じたAIエージェントであるという点です。ChatGPTやClaudeなどの汎用的なAIエージェントは、インターネット上のあらゆる情報源から最適な情報を収集し、ユーザーに価値ある提案を行います。一方、Rakuten AIは楽天市場や楽天トラベルなど、楽天グループのサービス内でしか機能しません。

これは単なる機能の制限ではなく、AIの本質的な価値を損なう問題です。例えば、ユーザーが「最も安い冷蔵庫を探して」と質問した場合、真に有用なAIなら楽天市場だけでなく、Amazon、ヨドバシカメラ、ビックカメラなど、すべての主要ECサイトを比較して最適な選択肢を提示すべきです。しかし、Rakuten AIは楽天市場内の商品しか提案できません。これでは「楽天経済圏の中での購入を促進するためだけのAI」という批判を免れません。

データ量の問題も深刻です。OpenAIのGPT-4は推定で数兆個のトークンで学習されているとされますが、楽天が開発中の大規模言語モデルの学習データ量は、最も楽観的に見積もっても数分の1程度でしょう。投資額においても、MicrosoftがOpenAIに100億ドル以上を投資しているのに対し、楽天の生成AI開発への投資額は公表されていませんが、財務状況を考慮すると桁違いに少ないと推測されます。

開発スピードの差も顕著です。OpenAIが数か月ごとに革新的なモデルをリリースし、GoogleやAnthropicも激しい開発競争を繰り広げている中、楽天が彼らに追いつく可能性は極めて低いと言わざるを得ません。

日本のEC事業者が取るべき現実的な戦略

このような状況下で、日本のEC事業者はどのような戦略を取るべきでしょうか。まず重要なのは、現実を直視することです。国産AIへの期待は持ちつつも、現時点では世界基準のAIツールを積極的に活用することが競争力維持の鍵となります。

具体的には、ChatGPT、Claude、Perplexity、Google Geminiなどの最先端AIツールを業務に組み込むことです。これらのツールは、商品説明文の作成、顧客対応の自動化、市場分析、競合調査など、EC運営のあらゆる場面で活用できます。特に、最新のClaude 3.5 SonnetやGPT-4oは、日本語の処理能力も大幅に向上しており、実用レベルに達しています。

同時に、楽天AIのような国産AIの動向も注視すべきです。将来的に楽天AIが進化し、日本市場に特化した優れた機能を提供する可能性もゼロではありません。特に、日本の商習慣や消費者行動に関する深い理解は、グローバルAIにはない強みとなる可能性があります。

また、EC事業者は複数のAIツールを使い分ける「マルチAI戦略」を採用すべきです。例えば、グローバルな市場調査にはChatGPTを、日本語の細かなニュアンスが必要な顧客対応にはClaude、楽天市場内での最適化にはRakuten AIを使うといった具合です。

楽天AIの未来への期待

楽天には、単なる「楽天の売上を増やすAI」ではなく、「ユーザーの生活を豊かにするAI」を目指してもらいたいものです。技術的な差は確かに大きいですが、理念やビジョンは今からでも変えられるはずです。例えば、楽天AIを楽天エコシステムに限定せず、オープンなプラットフォームとして他のECサイトやサービスとも連携できるようにすることで、真にユーザー価値を追求するAIへと進化できるかもしれません。

GENIACプロジェクトへの採択は、楽天にとって重要な転機となる可能性があります。政府の支援を受けることで、より大規模な研究開発が可能になり、日本語処理に特化した革新的な技術が生まれるかもしれません。ただし、それでも世界のトップ企業との技術格差を埋めるには、相当な努力と時間が必要でしょう。

日本のEC業界全体としては、楽天AIのような国産AIの発展を応援しつつ、現実的には世界基準のAIを徹底的に学び、活用していくことが最善の選択です。AIは今後のEC競争において決定的な差別化要因となります。この技術革新の波に乗り遅れないよう、今すぐにでも行動を起こすべきです。楽天AIが真に世界基準のAIに成長することを期待しつつ、私たちEC事業者は利用可能な最高のツールを駆使して、顧客価値の最大化に努めるべきでしょう。


投稿者: 齋藤竹紘

齋藤 竹紘(さいとう・たけひろ) 株式会社オルセル 代表取締役 / 「うるチカラ」編集長

   
Experience|実務経験
2007年の株式会社オルセル創業から 17 年間で、EC・Web 領域の課題解決を 4,500 社以上 に提供。立ち上げから日本トップクラスのEC事業の売上向上に携わり、 “売る力” を磨いてきた現場型コンサルタント。
Expertise|専門性
技術評論社刊『今すぐ使えるかんたん Shopify ネットショップ作成入門』(共著、2022 年)ほか、 AI × EC の実践知を解説する書籍・講演多数。gihyo.jp
Authoritativeness|権威性
自社運営メディア 「うるチカラ」で AI 活用や EC 成長戦略を発信し、業界の最前線をリード。 運営会社は EC 総合ソリューション企業株式会社オルセル
Trustworthiness|信頼性
東京都千代田区飯田橋本社。公式サイト alsel.co.jp および uruchikara.jp にて 実績・事例を公開。お問い合わせは info@alsel.co.jp まで。

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