Anthropic「Skills」発表|EC事業者がAIに専門知識を教える新時代が到来

投稿日: カテゴリー Claude

日本のEC業界では、AIツールの活用が急速に進んでいます。しかし、多くの事業者が直面する課題があります。それは「AIに自社独自の業務フローを理解させることが難しい」という点です。毎回同じ指示を繰り返し入力する手間、ブランドガイドラインの徹底、社内の専門知識の共有——これらを解決する画期的な機能が登場しました。

2025年10月16日、Anthropicは「Skills」という新機能を発表しました。Skillsは、Claude AIに特定のタスクを実行するための手順書、スクリプト、リソースを「スキル」として教え込む仕組みです。一度作成すればチーム全体で共有でき、Claude.ai、Claude Code、APIのすべてで横断的に使用できます。EC事業者にとって特に注目すべきは、楽天市場やYahoo!ショッピングの商品登録フロー、自社ブランドのトンマナ指定、経理処理の自動化といった「社内の暗黙知」をAIに明示的に教え込める点です。

「プロンプトエンジニアリング」から「知識のパッケージ化」へ

従来のAI活用では、毎回詳細な指示(プロンプト)を書く必要がありました。例えば「楽天市場用の商品説明文を作成してください。文字数は500文字以内、SEOキーワードを3つ含め、カジュアルなトーンで」といった具合です。しかし、この指示を毎回入力するのは非効率ですし、担当者が変わるとクオリティにバラツキが生じます。

Skillsはこの問題を根本から解決します。「楽天商品説明文スキル」として一度定義すれば、次回からは「楽天用の説明文を作って」と簡単に指示するだけで、ブランドガイドラインに沿った高品質な文章が自動生成されます。指示内容はMarkdown形式のファイルに記述され、必要に応じてPythonやJavaScriptのスクリプトを含めることもできます。

Anthropicの技術スタッフであるMahesh Muragは「Skillsは従来のRAG(検索拡張生成)とは根本的に異なる」と説明しています。RAGは外部データを検索して参照する手法ですが、Skillsはファイルシステムベースで動作し、無制限のコンテキストを扱えます。Claudeは必要な情報だけを段階的に読み込む「プログレッシブディスクロージャー」という仕組みを採用しており、処理速度とコスト効率を両立させています。

複数スキルの自動連携で複雑業務をワンストップ処理

Skillsの真価は、複数のスキルを自動的に組み合わせる「コンポーザビリティ」にあります。例えば、四半期決算報告書を作成する場合、Claudeは以下の3つのスキルを同時に呼び出して処理します。

  1. ブランドガイドラインスキル:会社のロゴ、カラーパレット、フォント指定
  2. 財務レポートスキル:決算データの集計方法、KPI計算ロジック
  3. プレゼンテーションフォーマットスキル:PowerPointのレイアウト、グラフの種類

これらを手動で調整する必要はありません。Claudeが自律的に判断し、必要なスキルを読み込み、統合された高品質なレポートを生成します。EC事業者の実務に当てはめると、「月次売上報告書の自動作成」「複数モール横断の在庫分析」「広告レポートとROI計算」といった、これまで複数のツールと人手を要していた作業が一気通貫で処理できるようになります。

楽天のAIチームは既にSkillsを活用しており、「管理会計と財務ワークフローを効率化し、以前は1日かかっていた作業が1時間で完了するようになった」とコメントしています。複数部門にまたがる煩雑な調整作業を、Skillsによって自動化できたという成功事例です。

EC業務に最適なSkillsの実践例

EC事業者がSkillsを導入する際の具体的な活用イメージを紹介します。

商品登録業務の自動化スキル
楽天市場、Yahoo!ショッピング、Amazon.co.jp、自社ECサイトなど、各プラットフォームごとに異なる商品登録フォーマットをスキル化します。商品の基本情報(JANコード、価格、在庫数など)を入力するだけで、各モールの仕様に合わせたCSVファイルや商品説明文を自動生成。画像のリサイズ、SEOキーワードの挿入、カテゴリ設定まで一括処理できます。

カスタマーサポートテンプレートスキル
よくある問い合わせ(配送状況、返品手続き、サイズ交換など)に対する回答テンプレートをスキル化。顧客の問い合わせ内容をClaudeが解析し、適切なテンプレートを選択して、顧客名や注文番号などの個別情報を自動挿入した返信文を生成します。メールだけでなく、LINE、Instagram DMなど複数チャネルに対応した文面をスキルとして管理できます。

在庫分析・発注提案スキル
複数モールの在庫データをExcelやCSVから読み込み、回転率の低い商品の特定、欠品リスクのある商品の検出、最適発注数の計算を自動実行。過去の販売トレンド、季節変動、プロモーション効果を加味した発注提案書をPowerPoint形式で出力します。経理部門向けには、在庫評価額の試算や廃棄損失の予測レポートも同時生成可能です。

ブランドコンテンツ制作スキル
ブランドのトンマナ、使用可能な色、フォント、画像スタイルをスキルに定義。SNS投稿文、メールマガジン、ブログ記事など、あらゆるコンテンツがブランドガイドラインに沿って自動生成されます。デザイナーやライターが不在でも、一定品質のコンテンツを量産できるため、小規模EC事業者の人手不足を補う強力なツールとなります。

越境EC対応スキル
日本語の商品情報を入力すると、英語、中国語、韓国語など複数言語に翻訳し、各国の文化やSEO慣習に適応した商品説明文を生成。現地の通貨表記、配送情報、法的注意事項も自動で追加されます。Shopifyなど越境ECプラットフォームへの一括登録データも出力可能です。

導入までのステップ:技術者不要で始められる

Skillsの導入ハードルは驚くほど低く設定されています。プログラミング知識がない担当者でも、以下の手順で独自スキルを作成できます。

ステップ1:skill-creatorを使った対話形式の作成
Anthropicが提供する「skill-creator」スキルを有効化すると、Claudeが対話形式で質問してきます。「どんな業務を自動化したいですか?」「どんなファイル形式を扱いますか?」「どんなルールに従うべきですか?」といった質問に答えるだけで、Claudeが自動的にSKILL.mdファイルを生成し、必要なフォルダ構造を作成してくれます。

ステップ2:サンプルスキルのカスタマイズ
AnthropicはGitHub上で多数のサンプルスキルを公開しています(https://github.com/anthropics/skills)。Excel作成、PowerPoint作成、PDF処理、Webアプリテストなど、汎用的なスキルがすぐに使えます。これらをベースに、自社の業務に合わせて微調整することで、開発時間を大幅に短縮できます。

ステップ3:Claude Codeでの統合とテスト
Claude Codeを使用している場合、スキルをプラグイン形式でインストールできます。~/.claude/skillsディレクトリにスキルを配置するだけで、Claudeが自動認識します。実際の業務データを使ってテストし、出力結果を確認しながら改善を重ねていきます。

ステップ4:API経由での本格運用
Anthropic APIを使用する場合、新しい/v1/skillsエンドポイントがスキルのバージョン管理をサポートしています。本番環境では、スキルのバージョンを固定して運用することで、予期しない動作変更を防げます。組織全体での共有も、バージョン管理システム(GitやGitHub)を通じて簡単に行えます。

コスト削減効果:トークン消費の最適化

Skillsの導入により、処理効率とコスト面でのメリットが期待できます。

Skillsは「プログレッシブディスクロージャー」という仕組みを採用しており、Claudeは最初にスキルの名前と簡単な説明だけを読み込みます。タスクに関連すると判断した場合のみ、必要な詳細情報を段階的に読み込む設計です。これにより、不要なコンテキストの読み込みを避け、トークン消費を最小限に抑えられます。

さらに、プロンプトキャッシング機能と組み合わせることで、繰り返し使用するスキルの読み込みコストを削減できます。毎回同じ指示を入力する従来の方法と比較して、作業時間の短縮とコスト効率の向上が見込めます。

セキュリティと権限管理:企業利用で押さえるべきポイント

Skillsはコード実行機能を含むため、セキュリティには十分な配慮が必要です。Anthropicは以下の注意事項を挙げています。

まず、信頼できるソースからのスキルのみを使用することです。公式のAnthropicスキル、自社で開発したスキル、十分に検証されたサードパーティスキルに限定します。不明なソースからダウンロードしたスキルは、悪意のあるコードを含む可能性があります。

次に、Skillsはサンドボックス環境で実行されますが、機密データへのアクセス権限については慎重に設定する必要があります。顧客の個人情報、決済情報、取引履歴など、特定商取引法や個人情報保護法で保護される情報を扱うスキルについては、アクセスログの記録と定期的な監査が欠かせません。

Enterprise プランでは、管理者がスキルの有効化を組織全体で制御できます。中小EC事業者でも、将来的な組織拡大を見据えて、スキルのガバナンス方針を早期に策定しておくことをお勧めします。

競合比較:OpenAI AgentKitとの違い

SkillsはOpenAIが最近発表した「AgentKit」と類似したコンセプトですが、いくつかの重要な差別化ポイントがあります。

最大の違いは「ポータビリティ」です。SkillsはClaude.ai、Claude Code、APIのすべてで同じフォーマットのまま使用できます。一方、OpenAIのAgentKitは主にAPI経由での利用に最適化されており、WebインターフェースやIDEプラグインでの利用には別途統合作業が必要になる場合があります。

また、Skillsはファイルシステムベースのシンプルな設計を採用しているため、GitHubでの共有やバージョン管理が容易です。AI専門家のSimon Willisonは「Skillsのコア設計のシンプルさこそが、私が興奮している理由だ」と評価しており、Model Context Protocol(MCP)のような複雑な仕様よりも実用性が高いと指摘しています。

MicrosoftのCopilot Studioと比較すると、Skillsは技術者だけでなく非技術者でも作成できる点が優れています。skill-creatorを使った対話形式の作成プロセスは、プログラミング知識がなくても業務フローをAIに教え込める画期的な仕組みです。

日本市場特有の活用チャンス

日本のEC市場は、楽天、Amazon、Yahoo!ショッピング、au PAYマーケットなど、複数のプラットフォームが競合する独特の環境です。各プラットフォームは異なる商品登録フォーマット、SEO要件、顧客対応ポリシーを持っており、EC事業者はこの複雑性に日々対応しています。

Skillsは、まさにこの「日本的な複雑性」を吸収するためのツールとして機能します。「楽天スキル」「Amazonスキル」「Yahoo!スキル」をそれぞれ作成し、商品情報を一度入力すればすべてのプラットフォーム用データを自動生成できます。

さらに、日本独自の商習慣への対応も容易です。例えば、ギフト包装対応、熨斗対応、季節の挨拶文の自動挿入など、細かな配慮が求められる部分をスキルとして標準化できます。新人スタッフの教育コストも削減でき、属人化していた業務ノウハウを組織の資産として蓄積できます。

NotionのチームはSkillsについて「複雑なタスクでのプロンプト調整が減り、より予測可能な結果が得られるようになった」とコメントしています。日本企業が重視する「品質の一貫性」と「属人化の排除」を実現する手段として、Skillsは大きなポテンシャルを持っています。

今後の展開:さらなる機能強化への期待

Anthropicは公式発表で、Skillsの今後について以下の方向性を示しています。

簡易化されたスキル作成ワークフロー
現在でも「skill-creator」スキルを使った対話形式での作成が可能ですが、さらに使いやすい作成プロセスの提供に取り組んでいます。

エンタープライズ全体へのスキル配布機能
組織全体でスキルを効率的に配布・管理できる機能の強化が計画されています。現在もTeamおよびEnterpriseプランでは管理者による組織全体でのスキル有効化が可能ですが、より高度な配布管理機能が検討されています。

実装のリスクと対策

Skillsの導入には、いくつかのリスクも存在します。

コード実行リスク
Skillsは任意のコードを実行できるため、悪意のあるスキルがデータを外部に送信したり、システムに損害を与えたりする可能性があります。対策としては、信頼できるソースからのみスキルを取得し、本番環境で使用する前に十分なテストを行うことです。

スキルの品質管理
誰でもスキルを作成できるということは、品質にバラツキが生じるリスクを意味します。社内でスキルレビュープロセスを確立し、品質基準を満たしたスキルのみを承認する体制が必要です。

依存関係の管理
複数のスキルが相互に依存する場合、一つのスキルの変更が他のスキルに影響を及ぼす可能性があります。バージョン管理を徹底し、変更履歴を記録することで、問題発生時の原因特定とロールバックを迅速に行えます。

導入ロードマップ:段階的アプローチの推奨

EC事業者がSkillsを導入する際の推奨ステップを提示します。

フェーズ1:トライアル(1〜2週間)
Pro、Max、Team、Enterpriseプランのいずれかに加入し、Anthropicが提供する公式スキル(Excel、PowerPoint、PDFなど)を試用します。実際の業務データを使って、どの程度の精度と速度で処理できるかを検証します。この段階では、本番環境に影響を与えない範囲で実験します。

フェーズ2:カスタムスキル開発(2〜4週間)
最も効果が期待できる業務領域を1つ選び、カスタムスキルを作成します。例えば「商品説明文生成」「在庫レポート作成」など、繰り返し頻度が高く、時間がかかっている業務を選定します。skill-creatorを使って対話形式で作成し、実データでテストを重ねます。

フェーズ3:部門展開(1〜2ヶ月)
成功したスキルを部門内で共有し、複数メンバーが使用できるようにします。フィードバックを収集し、スキルの改善を継続します。この段階で、スキル管理のルール(命名規則、バージョン管理方法、承認プロセス)を確立します。

フェーズ4:全社展開(3〜6ヶ月)
複数部門で有効性が確認されたスキルを、全社的に展開します。Enterprise プランを活用し、管理者による集中管理体制を構築します。定期的なスキルレビュー会議を設け、新たなスキルニーズの発掘と品質改善を継続的に行います。

まとめ:「暗黙知の形式知化」がEC競争力を左右する

Anthropicの「Skills」は、単なる新機能ではなく、AIとの協働方法を根本から変える可能性を秘めています。これまで個人の頭の中にあった業務ノウハウ、ベテラン社員の経験知、ブランドの独自性といった「暗黙知」を、誰でも使えるスキルとして「形式知化」できるからです。

日本のEC業界は人手不足が深刻化しており、限られたリソースでいかに業務効率を上げるかが生き残りの鍵となっています。Skillsは、EC事業者が抱える「複雑で繰り返しの多い業務」を自動化し、人間は戦略立案やクリエイティブな業務に集中できる環境を作り出します。

重要なのは、完璧を目指さず、小さく始めることです。まずは1つの業務をスキル化し、効果を実感してから徐々に範囲を広げていく。このアプローチが、EC業界でのAI活用成功の鍵となるでしょう。

Skillsは、Pro、Max、Team、Enterpriseの各プランで利用可能です。自社業務への適用可能性を検討し、小規模なパイロットプロジェクトから始めることをお勧めします。


引用: anthropic


投稿者: 齋藤竹紘

齋藤 竹紘(さいとう・たけひろ) 株式会社オルセル 代表取締役 / 「うるチカラ」編集長

   
Experience|実務経験
2007年の株式会社オルセル創業から 17 年間で、EC・Web 領域の課題解決を 4,500 社以上 に提供。立ち上げから日本トップクラスのEC事業の売上向上に携わり、 “売る力” を磨いてきた現場型コンサルタント。
Expertise|専門性
技術評論社刊『今すぐ使えるかんたん Shopify ネットショップ作成入門』(共著、2022 年)ほか、 AI × EC の実践知を解説する書籍・講演多数。gihyo.jp
Authoritativeness|権威性
自社運営メディア 「うるチカラ」で AI 活用や EC 成長戦略を発信し、業界の最前線をリード。 運営会社は EC 総合ソリューション企業株式会社オルセル
Trustworthiness|信頼性
東京都千代田区飯田橋本社。公式サイト alsel.co.jp および uruchikara.jp にて 実績・事例を公開。お問い合わせは info@alsel.co.jp まで。

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