AIショッピングエージェントが変えるEC業界の未来──日本の事業者が今知るべきビジネスチャンスとリスク

投稿日: カテゴリー EC×AI活用

AIが購買行動を代行する時代が到来

「お母さんへのプレゼントを探している」「100ドル以下のランニングシューズが欲しい」──そんな問いかけに対して、AIチャットボットがあなたの好み、家族の趣味、さらには今の財政状況まで把握した上で最適な商品を提案する。「Walmart.comでこのナイキのシューズはいかがですか?今の予算にぴったりですよ」。

これは近未来のSF物語ではなく、すでに現実となりつつある「エージェンティックコマース(Agentic Commerce)」の世界です。2025年9月29日、OpenAIがChatGPT上で商品を直接購入できる機能を発表したことで、EC業界に新たな変革の波が押し寄せています。

日本のEC事業者にとって、この動きは他人事ではありません。アメリカだけでも年間1兆ドル以上のEC取引が行われており、AIチャットボット経由のEC商品ページへの誘導は前年比4,700%増加しています。この流れは間違いなく日本市場にも波及します。本記事では、AIショッピングエージェントがもたらすビジネスチャンスとリスク、そして日本のEC事業者が今取るべき戦略を解説します。

AIショッピングエージェントとは何か──EC業界の新たな競争軸

ChatGPTが変える購買の起点

従来、消費者の約30%はAmazonや楽天市場などのマーケットプレイスから商品検索を開始していました。しかし、ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)を起点とする買い物はわずか3%に過ぎませんでした。

この状況が急速に変化しています。週間アクティブユーザー数7億人を超えるChatGPTは、2025年に約200億件のショッピング関連メッセージを受け取ると予測されています。OpenAIの経済研究チームの調査によれば、ChatGPTに寄せられる1日あたり25億件のプロンプトのうち、約2%が「商品やサービスの品質評価」に関連しているとのことです。

日本市場においても、LINE、Yahoo!、楽天など主要プラットフォームがAI機能を強化しており、消費者の購買行動の起点が検索エンジンやECモールから対話型AIへとシフトする可能性が高まっています。

主要プレイヤーの動き

OpenAIはEtsy、Shopifyと提携し、ChatGPT内で直接購入できる仕組みを構築しました。この発表を受けて、Etsy株は16%、Shopify株は6%上昇し、投資家の期待の高さが伺えます。

Amazon、Walmart、eBay、Googleなど大手各社も独自のAIショッピングアシスタントを展開しています。Amazonは「Rufus」、Walmartは「Sparky」という名のAIアシスタントをリリースし、商品選択の支援や質問への回答を行っています。Googleは「Gemini」にバーチャル試着機能や価格追跡機能を追加し、MetaはAI搭載のRay-Banスマートグラスを活用した商品認識機能を提供しています。

日本では、楽天がAI商品レコメンド機能を強化し、Yahoo!ショッピングもAI検索の精度向上に注力しています。また、ZOZOTOWNはAIスタイリング機能の開発を進めており、国内EC各社もこの潮流に乗り遅れまいと投資を加速させています。

日本のEC事業者が直面する3つの重要課題

1. プラットフォーム依存からの脱却か、共存か

AIショッピングエージェントの台頭により、EC事業者は重要な選択を迫られています。それは、AIプラットフォームと共存するか、独自のAIエージェントを構築するかという問題です。

興味深いことに、Amazonは自社サイトへのAIボットによるクローリングを制限し、独自のエコシステムを守る姿勢を見せています。一方、WalmartやeBayはChatGPTなどの外部AIからのアクセスを許可し、新たなトラフィック源として活用する戦略を取っています。

実際、Similarwebのデータによれば、2025年8月時点でWalmartへの参照トラフィックの約20%がChatGPT経由となっており、前月比15%増加しています。Target、Etsy、eBayも同様に、ChatGPT経由のトラフィックが10〜20%に達しています。

日本のEC事業者にとって、楽天市場やYahoo!ショッピングといったモール出店と並行して、AIプラットフォーム上での存在感をどう確保するかが新たな課題となります。特に中小規模の事業者は、ChatGPTやGeminiといったグローバルAIプラットフォームと、国内のLINE AIやYahoo! AIといったローカルプラットフォームの両方を視野に入れた戦略が必要です。

2. 顧客との直接的な関係性の維持

AIエージェントが購買の仲介者となることで、EC事業者が最も恐れるのは「顧客との直接的な関係性の喪失」です。

従来、EC事業者は自社サイトやモール内の店舗ページで顧客と直接接点を持ち、ブランドイメージを構築し、メールマガジンやLINE公式アカウントを通じてリピート購入を促してきました。しかし、AIエージェントが商品選択から購入まで代行するようになれば、顧客は個別の店舗を訪問する必要がなくなり、ブランドロイヤルティを築く機会が減少する可能性があります。

この懸念に対して、EC事業者は2つの対応策を検討すべきです。

第一に、AIプラットフォーム上でのブランド認知度向上です。ChatGPTなどのAIが商品を推薦する際、どのブランドが選ばれるかは、AIが学習したデータの質と量に依存します。つまり、ウェブ上での口コミ、レビュー、ブランドストーリーの充実が、AI推薦の対象となるかどうかを左右します。

第二に、AI時代においても顧客との直接接点を維持する仕組みの構築です。例えば、自社ECサイトに独自のAIチャットボットを実装し、購入履歴やブラウジング行動に基づいたパーソナライズされた提案を行うことで、顧客との関係性を深めることができます。

日本市場では、LINEミニアプリやYahoo!ショッピングのストアマッチなど、プラットフォーム内で顧客との関係性を維持しながらAI機能を活用できる選択肢が増えています。

3. 広告ビジネスモデルの変容

AIショッピングエージェントの普及は、EC事業者の広告戦略にも大きな影響を与えます。

現在、Amazon、楽天、Yahoo!ショッピングなどのリテールメディア広告は高い成長率を誇っています。Amazonだけでも2025年に676億ドルの広告収益が見込まれており、これはEC事業全体の利益の重要な柱となっています。日本でも楽天の広告事業「楽天マーケティング」やYahoo!ショッピングの広告ソリューションが、出店者にとって不可欠なツールとなっています。

しかし、消費者がAIエージェント経由で商品を購入するようになれば、従来のようにECサイト内で広告を表示する機会が減少する可能性があります。OpenAIはこれまで広告モデルに慎重な姿勢を示してきましたが、完全に否定しているわけではありません。Metaはすでに、自社AIボットとの会話内容に基づいた広告ターゲティングを2025年後半から開始すると発表しています。

日本のEC事業者にとって、この変化は新たな広告機会でもあります。AIエージェントが商品を推薦する際、どのような情報を基に判断するかを理解し、構造化データ、詳細な商品説明、高品質な画像、充実したレビューなど、AI学習に適したコンテンツを整備することが重要です。

また、楽天RPP(楽天プロモーションプラットフォーム)やYahoo!ショッピングの広告運用においても、AIを活用した入札最適化や広告クリエイティブの自動生成が進んでいます。これらのツールを活用し、限られた広告予算で最大限の効果を引き出す戦略が求められます。

AIショッピングエージェント時代に日本のEC事業者が取るべき5つの戦略

1. 商品データの構造化と充実化

AIエージェントが適切に商品を推薦するためには、正確で詳細な商品情報が不可欠です。商品名、説明文、価格、在庫状況、配送情報、レビューなどをStructured Data(構造化データ)として整備しましょう。

具体的には、Schema.orgのProduct、Offer、Reviewなどのマークアップを実装し、AIクローラーが情報を正確に取得できるようにします。楽天やYahoo!ショッピングのCSVフォーマットも、できる限り全項目を埋めることで、プラットフォーム内のAI検索での露出が高まります。

また、商品説明文は単なるスペックの羅列ではなく、「誰が、どんなシーンで、どのように使うか」といったストーリー性を持たせることで、AIがより適切なコンテキストで推薦できるようになります。

2. レビューと口コミの戦略的蓄積

AIは商品の品質を判断する際、レビューや口コミを重要な情報源として活用します。楽天市場の「みんなのレビュー」、Amazon「カスタマーレビュー」、Yahoo!ショッピングの「商品レビュー」、さらにはSNS上の評判まで、AIはあらゆるソースから情報を収集します。

EC事業者は、購入後のフォローアップメールやLINE公式アカウントを活用してレビュー投稿を促進し、質の高いフィードバックを集めることが重要です。特に、商品の具体的な使用感、サイズ感、配送スピードなど、購買判断に役立つ情報が含まれたレビューは、AIにとって価値が高いと判断されます。

ネガティブレビューへの丁寧な対応も重要です。AIは店舗側の返信内容も学習し、顧客対応の質を評価材料とする可能性があります。

3. 独自AIチャットボットの導入

自社ECサイトを運営している事業者は、独自のAIチャットボットを導入することで、顧客との接点を維持しながらAIのメリットを享受できます。

日本では、LINE公式アカウントのMessaging APIを活用したチャットボット、Shopify上でのAIアプリ導入、さらにはGPT-4やClaude、Geminiといった最新AIモデルを活用したカスタムチャットボットの構築が可能です。

例えば、過去の購入履歴に基づいた「リピート商品の提案」、閲覧履歴を元にした「関連商品のレコメンド」、FAQ対応による「カスタマーサポートの効率化」など、AIチャットボットは多岐にわたる用途で活用できます。

導入コストは月額数千円から数万円程度のSaaSツールから、数十万円規模のカスタム開発まで幅広く、事業規模や目的に応じて選択できます。ROIは平均して6〜12ヶ月程度で回収できるケースが多く、特に問い合わせ対応コストの削減効果が大きいです。

4. プラットフォーム連携の早期検討

OpenAIの「Agentic Commerce Protocol」は、他のECプラットフォームや販売者がChatGPT上で商品販売を可能にするオープンソースツールです。このようなプロトコルへの早期対応が、AIトラフィックを獲得する鍵となります。

日本のEC事業者は、Shopify、BASE、STORESといった国内ECプラットフォームがこれらのプロトコルにどう対応するかを注視し、自社も早期に連携できる体制を整えるべきです。

また、楽天市場やYahoo!ショッピングといった大手モールも、将来的に外部AIプラットフォームとの連携を進める可能性があります。各モールの公式発表やAPIアップデート情報をチェックし、新機能が公開されたら迅速にテスト導入することをお勧めします。

5. AIリテラシーの向上と継続的な学習

AI技術は急速に進化しており、今日の最適解が明日には陳腐化する可能性があります。EC事業者は、社内でAIリテラシーを向上させ、最新トレンドを追い続ける体制を構築する必要があります。

具体的には、AI関連のウェビナーやセミナーへの参加、業界ニュースのチェック、他社事例の研究、さらには小規模なAIツールの試験導入を通じた実践的な学習が有効です。

また、AIツールを活用した業務効率化も並行して進めましょう。商品説明文の自動生成、画像の自動タグ付け、在庫予測、価格最適化など、AIが得意とする領域は多岐にわたります。これらのツールを活用することで、限られたリソースでもAI時代に対応できる体制を整えられます。

消費者の信頼獲得が最大の課題

一方で、AIショッピングエージェントの普及には消費者側のハードルも存在します。

KPMGが実施した1,500人の米国消費者調査によれば、43%の消費者が「企業が生成AIを使って個人データを分析し、ショッピング推薦を行うこと」に不快感を示しています。また、AIの「ハルシネーション(誤情報の生成)」も深刻な懸念材料です。

日本の消費者は特にプライバシーに敏感であり、個人情報の取り扱いに対する信頼性が重要です。EC事業者は、AIを活用する際に「どのようなデータを収集し、どう活用するか」を明確に説明し、オプトイン方式で消費者の同意を得る姿勢が求められます。

また、AIが誤った情報を提供した場合の責任の所在や、返品・交換ポリシーの明確化も重要です。AIエージェント経由の購入であっても、最終的な責任は販売者にあることを明示し、消費者が安心して利用できる環境を整えることが、長期的な成功の鍵となります。

まとめ:AI時代のEC戦略は「今」始まる

AIショッピングエージェントの時代は、もはや遠い未来の話ではありません。OpenAIの動きを皮切りに、Amazon、Walmart、Google、Metaといった巨大企業が本格的な投資を進めており、この流れは日本市場にも確実に波及します。

日本のEC事業者にとって、これは脅威であると同時に大きなチャンスでもあります。早期にAI対応を進めた事業者は、新たなトラフィック源を獲得し、競合他社に先んじて市場シェアを拡大できる可能性があります。

重要なのは、AI技術を敵視するのではなく、自社ビジネスにどう組み込むかを戦略的に考えることです。商品データの整備、レビューの蓄積、独自AIチャットボットの導入、プラットフォーム連携の検討、そして社内のAIリテラシー向上──これらの施策を段階的に実行することで、AI時代のEC競争を勝ち抜くことができます。

「まだ早い」と考える事業者もいるかもしれませんが、CFRAのアナリストが指摘するように「これはまだ非常に初期段階だが、今後10〜15年の関連性を保つために、どれだけ投資すべきかを誰もが考えている」のが現状です。行動を起こすなら、今です。

引用元.investors

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投稿者: 齋藤竹紘

齋藤 竹紘(さいとう・たけひろ) 株式会社オルセル 代表取締役 / 「うるチカラ」編集長

   
Experience|実務経験
2007年の株式会社オルセル創業から 17 年間で、EC・Web 領域の課題解決を 4,500 社以上 に提供。立ち上げから日本トップクラスのEC事業の売上向上に携わり、 “売る力” を磨いてきた現場型コンサルタント。
Expertise|専門性
技術評論社刊『今すぐ使えるかんたん Shopify ネットショップ作成入門』(共著、2022 年)ほか、 AI × EC の実践知を解説する書籍・講演多数。gihyo.jp
Authoritativeness|権威性
自社運営メディア 「うるチカラ」で AI 活用や EC 成長戦略を発信し、業界の最前線をリード。 運営会社は EC 総合ソリューション企業株式会社オルセル
Trustworthiness|信頼性
東京都千代田区飯田橋本社。公式サイト alsel.co.jp および uruchikara.jp にて 実績・事例を公開。お問い合わせは info@alsel.co.jp まで。

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