AI×ECの新時代が本格始動
2025年10月28日、PayPalとOpenAIの戦略的提携が発表され、ChatGPT内で商品の発見から決済までを完結できる「エージェント型コマース」の時代が幕を開けました。この動きは、日本のEC事業者にとっても見過ごせない重要な転換点です。
これまでECの購買プロセスは「検索→比較→カート→決済」という段階を踏む必要がありましたが、この提携により、ChatGPTとの会話の中で商品を見つけ、そのまま購入まで完了できる仕組みが実現します。週に7億人以上が利用するChatGPTと、4億人のユーザーを持つPayPalの組み合わせは、オンラインショッピングの概念を根本から変える可能性を秘めています。
実現する3つの主要機能と仕組み
今回の提携で実現する機能は、従来のECプラットフォームとは一線を画すものです。
第一に、ChatGPT内での「インスタントチェックアウト」機能が導入されます。これは2025年9月に発表されたOpenAIの新機能で、ユーザーは注文内容、配送先、支払い方法を確認し、ChatGPTから離れることなく購入を完了できます。PayPalウォレットを通じて、銀行口座、PayPal残高、クレジットカードなど複数の決済手段が利用可能となり、購入者保護や紛争解決サービスも提供されます。
第二に、「Agentic Commerce Protocol(ACP)」と呼ばれるオープンソース仕様の採用です。これはOpenAIとStripeが共同開発した規格で、AI が商品を発見し、オプションを確認し、ユーザーに代わって安全に購入を完了できる共通言語を提供します。日本でいうと、楽天市場やYahoo!ショッピングのようなモール型ECとは異なり、AIが商品カタログを横断的に検索して最適な商品を提案する、新しい購買体験を実現します。
第三に、2026年からPayPalの数千万の加盟店ネットワークがChatGPTに接続されます。アパレル、ファッション、美容、住宅改善、家電製品などのカテゴリーの中小企業から大手ブランドまで、個別の統合作業なしでChatGPT上で商品が発見可能になります。PayPalが加盟店ルーティングや決済処理を裏側で管理するため、EC事業者側の技術的ハードルは大幅に下がります。
日本のEC市場への影響と活用可能性
この動きは、日本のEC事業者にとって新たな販路拡大のチャンスとなります。経済産業省の調査によれば、日本のBtoC-EC市場規模は年々拡大を続けていますが、楽天市場やAmazon、Yahoo!ショッピングといった既存のプラットフォーム依存度が高く、新規顧客の獲得には広告費や手数料の負担が課題となっていました。
ChatGPTを通じた販売チャネルは、従来のSEO対策やリスティング広告とは異なる新しい顧客接点を生み出します。ユーザーが「冬用のおしゃれなコート」「予算3万円以内のプレゼント」といった会話をChatGPTと行う中で、自然に商品が提案され、その場で購入に至る流れは、検索エンジン経由の購買行動とは全く異なる性質を持ちます。
日本市場では、ShopifyやBASEなどのカートシステムを利用する中小EC事業者が増加していますが、これらのプラットフォームとPayPalの連携がどのように進むかが注目されます。すでにOpenAIは10月中旬にShopifyやEtsyの加盟店、さらにWalmartとも提携を発表しており、日本の楽天市場やYahoo!ショッピングに出店する事業者にとっても、将来的にChatGPT経由の販売チャネルが開かれる可能性は十分にあります。
AI商取引時代に備えるべき準備
PayPalのAlex Chriss CEOは「エージェント型コマースが未来の大きな一部にならないとは想像しがたい」と述べています。この発言は、EC業界全体の構造変化を予見するものです。
日本のEC事業者が今から準備すべきことは、まず商品データの整備です。AIが商品を正確に理解し提案するためには、商品名、説明文、価格、在庫状況、画像などの情報が構造化され、APIを通じてアクセス可能である必要があります。現在、楽天RMSやYahoo!ショッピングのストアクリエイターProで商品登録を行っている事業者は、これらのデータをどのように外部プラットフォームに提供できるか検討する時期に来ています。
また、越境ECの観点からも重要な動きです。PayPalは約200の市場で利用可能なグローバル決済基盤を持ち、ChatGPTも多言語対応しています。日本の商品を海外の消費者にAI経由で販売する新しい越境ECの形が、技術的な障壁なく実現する可能性があります。
さらに、Perplexityとの提携(2025年5月)、Googleとの協業(同9月)に続き、PayPalは複数のAIプラットフォームと戦略的パートナーシップを結んでいます。これは特定のプラットフォームに依存しない、分散型のAI商取引エコシステムの形成を示唆しており、日本のEC事業者も複数チャネルでの販売体制を整える必要があります。
今後の展望と課題
一方で、課題も存在します。日本では代金引換やコンビニ決済など、PayPal以外の決済手段が根強く利用されています。ChatGPT経由の購買がどこまで日本の消費者に受け入れられるかは未知数です。また、商品の信頼性や返品対応など、AIが仲介する取引における消費者保護の仕組みも重要になります。
PayPalは今回の提携に合わせて、全従業員24,000人以上にChatGPT Enterpriseへのアクセスを拡大し、エンジニアにはCodexを提供すると発表しました。これは社内のプロダクト開発を加速させ、顧客体験を向上させる戦略の一環です。日本のEC事業者も、AIツールを業務プロセスに組み込み、商品説明の多言語化、カスタマーサポートの自動化、在庫管理の最適化など、バックエンド業務の効率化を同時に進めることが競争力の維持につながります。
市場アナリストは、今回の提携によりPayPalの株価が発表翌日に10%以上上昇したことを指摘しています。この反応は、AI×コマースの将来性に対する投資家の期待の高さを示すものです。Amazon、Microsoft、Googleなども独自のAI商取引機能を開発しており、この分野での競争は今後さらに激化するでしょう。
日本のEC事業者にとって、2026年のサービス本格展開までの準備期間は貴重です。商品データの国際標準化、多言語対応、APIベースの在庫・注文管理システムの整備など、今から段階的に取り組むことで、新しい販売チャネルをいち早く活用できるポジションを築くことができます。
引用:paypal-corp
