リアル店舗の購入転換率が30-35%なのに対し、ECサイトはわずか1.5%。この圧倒的な差は、日本のEC事業者にとって長年の悩みの種でした。しかし、この課題に対して革新的なアプローチで挑むスタートアップRemarkが、1600万ドル(約24億円)のシリーズA資金調達を発表しました。
Remarkのアプローチはシンプルながら画期的です。数千人の人間のエキスパートが顧客とチャットしながら商品購入をサポートし、その知識をAIモデルの学習に活用。結果として、パートナー企業に10%の純収益増をもたらしているのです。本記事では、この「人間+AI」モデルが日本のEC業界にもたらす可能性を探ります。
なぜリアル店舗とECサイトで転換率に20倍以上の差があるのか
RemarkのCEO、テオ・サトロフ氏は、この差の理由を明確に説明しています。「ECサイトでの低い転換率の理由は、人々が買い物をする際に多くの質問を抱えているからです。彼らはRedditに行ったり、友人に尋ねたりして購入に関するアドバイスを得なければなりません。実店舗では、商品知識を持つ人が助けてくれるので、転換率が高いのです」
この洞察は、日本のEC市場にも完全に当てはまります。特に高額商品や専門性の高い商品では、顧客は購入前に多くの疑問を抱えています。調理器具を購入する際にはコンロの種類(ガス、IH、電気)との相性、アパレルではサイズ感や素材の質感、家電では既存の設備との互換性など、ECサイトの商品説明だけでは解決できない疑問が山積みです。
Remarkは、この課題に対して「オンラインショッピングに専門知識を持ち込む」というアプローチを取りました。ユーザーがRemarkを使用しているサイトを訪問すると、購買決定を促進する動的な質問が生成されます。例えば、鍋やフライパンを探している場合、サイトは使用しているコンロの種類を尋ねます。ユーザーがこれらの質問の1つをクリックすると、チャットインターフェースが開き、商品購入についてアドバイスできるエキスパートとマッチングされます。
人間エキスパートとAIの最適な融合モデル
Remarkの最も革新的な点は、人間のエキスパートとAIを巧みに組み合わせていることです。システムは、スキルセットとロケールに基づいてエキスパートとユーザーをマッチングします。エキスパートが利用できない場合は、それらのエキスパートに基づいたAIボットとマッチングされ、買い物を支援します。
このモデルの巧妙な点は、AIが単に人間を置き換えるのではなく、人間の専門知識を24時間365日利用可能にすることです。エキスパートのAIペルソナは、本人が不在の時でも質問に答えることができ、その結果として生まれた売上に対してエキスパートも報酬を得られる仕組みになっています。
エキスパートネットワークの拡大も着実に進んでいます。Remarkは様々な認定機関と協力して、プラットフォームで働く人々の専門性を検証しています。これはAirbnbが体験プロバイダーを追加するのと同様のアプローチです。エキスパートはチャット単位で報酬を受け取り、AIペルソナが売上を生成した場合も報酬を得ます。上位20%のエキスパートは、週15-20時間以上アドバイスを提供することで、年間6万-7万ドル(約900万-1050万円)を稼いでいるとのことです。
ダイナミックなコンテンツ生成による顧客体験の向上
Remarkのもう一つの特徴は、ユーザーとエキスパートの会話に基づいて、ウェブサイトのコンテンツを動的に書き換えることです。これにより、各顧客が探しているものに最適化された、パーソナライズされたショッピング体験を提供できます。
この機能は、日本のEC事業者にとって特に価値があります。日本の消費者は詳細な情報を求める傾向が強く、商品説明の充実度が購買決定に大きく影響します。Remarkのシステムを使えば、顧客の関心事に応じて最も関連性の高い情報を前面に出すことができ、情報過多による離脱を防ぎながら、必要な情報を的確に提供できます。
急成長を支える収益モデルの転換
Remarkは以前、売上のカットに依存して収益を生成していましたが、より良いキャッシュフローのためにSaaS(サービスとしてのソフトウェア)ベースのモデルに移行しました。現在はサイトトラフィックに基づいて料金を徴収しています。この転換により、より予測可能で安定した収益基盤を確立し、2024年の1000万ドルの資金調達以来、4倍の収益成長を達成しています。
エキスパートネットワークも5万人から6万人に拡大し、着実な成長を続けています。Inspired CapitalのプリンシパルであるKamran Ali氏は、Remarkへの投資理由について「AIがインターネットを支配し続ける中で、私たちはAI生成コンテンツの洪水に見舞われ続けるでしょう。今日私たちが目にするAI生成コンテンツの量は1年前よりもはるかに多く、終わりが見えません。そのため、人間の洞察と好みは実際にプレミアムになり、それがRemarkに投資する魅力となりました」と語っています。
日本のEC事業者が学ぶべき3つのポイント
Remarkの成功から、日本のEC事業者が学ぶべき重要なポイントが3つあります。
第一に、人間の専門知識とAIの効率性を組み合わせることの価値です。完全自動化を追求するのではなく、人間の洞察力とAIのスケーラビリティを融合させることで、より高い顧客満足度と売上増を実現できます。日本市場では特に、人間味のある接客が重視される傾向があるため、このハイブリッドアプローチは効果的でしょう。
第二に、エキスパートエコノミーの構築です。商品知識を持つ人材をプラットフォーム上で活躍させることで、Win-Win-Winの関係を作ることができます。顧客は専門的なアドバイスを受けられ、エキスパートは収入を得られ、EC事業者は売上増を実現できます。
第三に、動的なパーソナライゼーションの重要性です。静的な商品ページではなく、顧客との対話に基づいてコンテンツを動的に最適化することで、各顧客に最適化された購買体験を提供できます。
まとめ:人間とAIの協働が生み出す新たなEC体験
Remarkが示すモデルは、EC業界における人間とAIの理想的な協働の形を示しています。10%の純収益増という具体的な成果は、このアプローチが単なる理論ではなく、実際のビジネス価値を生み出すことを証明しています。
日本のEC事業者にとって、Remarkのアプローチは多くの示唆を含んでいます。完全自動化を目指すのではなく、人間の専門知識を活かしながらAIでスケールさせる。この「人間+AI」モデルこそが、リアル店舗とECサイトの転換率の差を埋め、新たな成長の道を開く鍵となるでしょう。
今後Remarkは、エキスパートの会話に基づいて商品を推奨するブログ記事の生成機能や、エキスパートとの会話についてのパーソナライズされたフォローアップメールの送信機能を計画しています。これらの機能は、顧客との長期的な関係構築にも貢献することでしょう。
引用:TECHCRUNCH