米国のスポーツ用品大手Dick’s Sporting Goodsが、エージェント型AIによる接客アドバイザー「Coach by Dick’s」を発表しました。商品レコメンドだけでなくトレーニングのアドバイスまで返す設計で、2026年6月から自社モバイルアプリ内で提供を開始します。基盤にはAdobeのBrand Concierge技術が採用されています。Amazonの「Alexa for Shopping」、Walmartの「Sparky」に続く動きで、北米のリテール各社が「専門知識を持つAI店員」をECに常駐させる流れが鮮明になってきました。日本のEC事業者にとって、何を学び、何を仕込んでおくべきかを整理します。
Coach by Dick’sは「商品提案+競技アドバイス」を一体化したエージェント
Retail Diveが2026年5月28日に報じた内容によると、Coach by Dick’sはユーザーの質問に対して、競技や習熟度、目的に合わせて商品レコメンドとトレーニングのコツを返す対話型のAIアドバイザーです。野球を始めたばかりの中学生に最初のグラブを選ぶ、ハーフマラソン完走を狙う初心者に靴とトレーニング計画をセットで提示する、といった使い方が想定されています。
開発基盤にはAdobeのBrand Conciergeが採用されました。Brand Conciergeは、ブランド独自のトーン、商品データ、コンテンツを学習させて自社専用のAIエージェントを立ち上げるためのAdobeの新サービスで、2025年のAdobe Summitで発表されたばかりです。Dick’sはこのBrand Conciergeに、自社で蓄積してきたスポーツ用品の知識、競技別の専門コンテンツ、購買データを乗せ、「単なる商品検索の上位互換」ではなく「コーチが横にいる買い物体験」を目指す設計にしています。
最初の提供面はDick’sのモバイルアプリで、2026年6月内に投入される予定です。Webや実店舗への展開、対応カテゴリの追加は順次行うとしており、Dick’sのCTOであるVlad Rakは、選手の旅路に寄り添える応答をリアルタイムで返すことを設計思想だと説明しています。背景には、2025年3月に表明したEC事業の再構築方針があり、その中核がモバイルアプリの強化でした。
日本のEC事業者にとっての論点|「専門性のあるAI接客」競争が始まる
日本市場でも、AI接客の動きはすでに進んでいます。楽天は2026年1月、スマートフォンアプリにエージェント型AIツール「Rakuten AI」を搭載すると発表しました。Amazonは2026年5月にRufusを「Alexa for Shopping」へ統合し、商品検索バーから直接質問できる構造に変えています。Shopifyも同年4月にClaude CodeなどのAIエージェントと自社管理画面を接続するShopify AI Toolkitをオープンソース化しました。プラットフォーム側は、AIによる接客を「標準機能」として揃えにきています。
Coach by Dick’sの新しさは、プラットフォームが用意する汎用AIではなく、店舗側が自社の専門コンテンツを学習させて「うちのジャンル専用AI」を立ち上げた点にあります。Dick’sの2026年第1四半期はチェーン全体の既存店売上が6%増、ガイダンスも上方修正と好調で、AIの導入は売上に貢献し得るアセットとして経営側が位置付けています。日本でも、スポーツ用品、釣具、楽器、医療系機器、業務用厨房など、ジャンル知識が購買判断を左右する業態では同じ構図が再現される余地があります。
中小事業者にとっては、AdobeのBrand Conciergeは価格・規模の面で直接の選択肢になりにくいのも事実です。とはいえ、現実的な代替は揃いつつあります。ShopifyのSidekick、楽天市場のAI機能群、ChatGPTやClaudeのカスタムGPT・スキル、自社サイトに組み込めるDifyやLangChain系の構築サービスなどです。「自社商品データ+自社で書きためた解説コンテンツ+過去の問い合わせログ」をRAGで読ませるだけでも、汎用AIには出せない一次回答の精度に到達できます。
今後の展望|「商品ページ単位」から「対話単位」のEC設計へ
Coach by Dick’sの取り組みが示しているのは、ECの設計単位が「商品ページ」から「対話」に移っていく可能性です。商品名で検索した結果一覧から1ページずつ比較する従来動線に対し、目的と条件を会話で伝えれば候補を絞ってくれるAIエージェントは、購入判断の手前にある相談ニーズを丸ごと吸い上げます。Dick’sがあえて「Coach」という名前にしたのも、買い物の文脈を「商品の選定」から「目標達成のための助言」まで広げる宣言だと読み取れます。
日本のEC事業者がこの流れに備えるなら、初動として手をつけるべき領域は明確です。第一に、自社の「専門知識」をテキスト化する作業です。スタッフが店頭や電話で答えている内容、ブログでバラバラに書いてきたノウハウ、よくある問い合わせとその回答を、AIに読み込ませられる粒度で整理することが、どのプラットフォームを採用するかより先に効きます。第二に、商品データベースの整備です。SKUごとの用途、習熟度、相性、注意点といったメタデータがあるほど、AIの回答精度は跳ね上がります。第三に、KPIの再設計です。CVRとAOVだけでなく、「AIとの会話開始数」「会話完了率」「会話経由のCVR」「相談から購入までの所要日数」を取り始めると、AI接客の打ち手と効果が見えるようになります。
まとめ|「自社専用のコーチAI」を持つ事業者と持たない事業者の差は広がる
Dick’s Sporting Goodsが投入するCoach by Dick’sは、北米リテールが進む「専門特化型AI接客」のひとつのモデルケースです。プラットフォームに乗るだけのAI接客と、自社の知見を載せた専用AIアドバイザーの差は、来年以降の購買体験で大きく広がっていく可能性があります。日本のEC事業者は、今すぐ大規模なBrand Conciergeを導入する必要はありません。ただし、AI接客に乗せる「自社の知識」を整理して資産化する作業は、今この瞬間から着手できますし、その差はいずれ売上に直接効いてきます。
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引用元: Retail Dive
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / 19年・5,000社のEC支援実績)

株式会社オルセル代表取締役 / うるチカラ編集長。19年・5,000社以上のEC支援実績を持ち、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピング・Shopify・Shopee越境ECの実装ノウハウを保有。AI×ECに関する書籍を3冊執筆。「現場で使えるAI実装」を一次情報として発信しています。