HR技術企業のHiBobは、従業員の90%以上がChatGPT Enterpriseを日常業務で活用しています。商談成立の加速、オンボーディング期間の短縮、アップセル機会の発見など、売上に直結する成果を上げています。さらに注目すべきは、社内で使っているカスタムGPTをそのまま顧客向け製品として展開し、プロダクト開発のサイクルを劇的に短縮している点です。多くの企業がAI導入に苦戦する中、なぜHiBobは組織全体にAIを浸透させることができたのか。本記事では、HiBobの実践から学べるAI組織化の具体的手法を解説します。
HiBobとは何か
HiBobは2015年に設立されたイスラエル発のHRテクノロジー企業で、現在は世界5,000社以上の顧客を持ちます。同社が提供する「Bob」というプラットフォームは、従業員のライフサイクル全体を管理するクラウド型人事システムです。
具体的には、以下のような機能を提供しています:
- 入社手続きや研修などのオンボーディング管理
- 勤怠管理やタイムシート
- 給与計算
- 人事評価やパフォーマンスレビュー
- 従業員エンゲージメント調査
- 組織図や従業員データベース
日本で言えば、SmartHRやジョブカンのような人事労務システムをイメージするとわかりやすいでしょう。ただし、HiBobはグローバル企業向けに設計されており、複数国の拠点を持つ企業が各国の労働法規に対応しながら、統一された人事管理を行えることが特徴です。
同社は従業員数こそ公開されていませんが、急成長中のスタートアップとして知られており、今回紹介する事例は、まさにその成長を支えるAI活用の実践例です。
2,500個のカスタムGPTが生み出す成長の好循環
HiBobは人事システムを提供する会社ですが、自社の業務効率化にもAIを徹底活用しています。同社は社内で2,500個のカスタムGPTを運用し、これらが従業員の生産性向上だけでなく、新製品開発の原動力にもなっています。
なぜこれが重要なのでしょうか。多くの企業は「AIツールを導入したが、ほとんど使われていない」という課題を抱えています。しかしHiBobは、単にツールを導入するだけでなく、それを組織全体に浸透させ、さらには自社製品の機能にまで昇華させているのです。
この仕組みの核心は「好循環(フライホイール)」にあります。
- 従業員が日常業務で使うカスタムGPTを作成
- 成功したものを改良して他部署にも展開
- 社内で検証済みのGPTをOpenAIのAPIで実装し直す
- 顧客向けのBobプラットフォームの機能として提供
つまり、社内で使って効果があったAIツールを、そのまま商品化しているわけです。
例えば、HiBob社内で「人事評価コメントを自動生成するGPT」を作って使ってみて、「これは便利だ」となったら、それをBobプラットフォームの新機能として顧客企業にも提供します。すると、HiBobを使っている世界中の5,000社以上の企業が、その機能を使えるようになるのです。
これにより、プロダクト開発のリスクが大幅に減り、顧客ニーズに確実に応える機能を迅速にリリースできます。通常の製品開発では「顧客は本当にこの機能を求めているのか?」という不確実性がありますが、HiBobの場合は自社で検証済みなので、失敗する可能性が低いのです。
HiBobが実際に運用している4つのカスタムGPT
HiBobが実際にどのようなカスタムGPTを使っているか見てみましょう。
1. Meeting Prep GPT(商談準備GPT)
CRMシステム、会議の文字起こし、メモなどから情報を引き出し、営業チームやカスタマーサクセスチーム向けのブリーフィングを自動生成します。これにより、週あたり数時間の準備時間を節約しています。
2. Upsell GPT(アップセルGPT)
利用パターンや顧客行動を分析し、拡販機会を特定して営業チームが優先的にアプローチすべき顧客をフラグ付けします。
3. VBO Project Manager Assistant(プロジェクト管理アシスタント)
オンボーディングコールの文字起こしを要約し、タスクリストを作成し、進捗を追跡することで、納品品質と顧客満足度を向上させます。
4. SEO Assistant(SEOアシスタント)
ウェブ解析APIに接続し、キーワード推奨、ギャップ分析、パフォーマンス洞察を生成します。
これらのGPTは、単に作って終わりではありません。成功したGPTはバージョン管理され、継続的に改善されます。複数の部署で採用され、共有学習サイクルの一部になっています。
なぜHiBobは従業員の90%がAIを使うのか
多くの企業がAIツールを導入しても、実際に使われるのは一部の従業員だけという課題に直面しています。しかしHiBobでは90%以上の従業員が日常的にChatGPT Enterpriseを活用しています。
この違いを生んでいるのが、「AI Mind」チームが主導する5ステップのプロセスです。
ステップ1:アイデアと概念実証
従業員が具体的な課題に基づいてGPTのアイデアを提案します。重要なのは、「AIを使いたい」ではなく「この業務のこの部分を効率化したい」という明確な目的があることです。
ステップ2:構築
エンジニアがChatGPT Enterpriseと社内システムを使って、セキュアでコンプライアンスに準拠したエージェントを作成します。
ステップ3:導入と教育
各GPTにはドキュメント、トレーニング、担当者を設定します。「作ったら終わり」ではなく、使い方を教育し、質問に答える体制を整えます。
ステップ4:バージョン管理と改善
成功したGPTは捨てずに、バージョン管理して継続的に改善します。複数の部署で採用され、共有学習サイクルの一部になります。
ステップ5:システム化
単発のツールとして終わらせず、成長するシステムの一部として組み込みます。
このプロセスの鍵は、「技術と文化を分離しない」という考え方です。HiBobは単にツールを与えるのではなく、全従業員がAIを使いこなす能力を育てています。
HiBobの事例から学べること
HiBobの成功から、あらゆる業界の企業が学べるポイントがあります。
1. 小さく始めて効果を実証する
いきなり全社展開するのではなく、1つの部署、1つの業務から始めます。実際に時間短縮や品質向上などの効果を数値で測定し、「週に○時間削減できた」といった具体的な成果を記録します。
2. 成功事例を横展開する
効果が実証されたGPTを他部署にも展開します。この段階で、社内に「AI活用の成功体験」が広がり、従業員が自発的に「自分の業務でもAIを使えないか」と考え始めます。
3. 専任チームまたは責任者を設置する
HiBobの「AI Mind」チームのように、AI活用を推進する体制を作ります。役割は:
- 新しいGPTアイデアの評価と優先順位付け
- GPT開発の技術サポート
- セキュリティとコンプライアンスの確保
- 社内教育とドキュメント整備
- 効果測定とレポーティング
専任チームを作るリソースがなければ、兼任でも構いません。重要なのは、「誰がAI活用を推進する責任者か」を明確にすることです。
4. 社内ツールを商品化する視点を持つ
HiBobがやっているように、社内で成功したAIツールを顧客向けサービスとして提供することも検討できます。社内で検証済みなので、顧客に提供する際のリスクが低く、確実に価値を届けられます。
5. 技術と文化を分離しない
単にツールを導入するだけでなく、全従業員がAIを使いこなす文化を作ることが重要です。経営層が率先してAIを使い、成功事例を社内で共有し、失敗を許容する雰囲気を作ります。
AI活用を阻む3つの壁とその乗り越え方
HiBobの事例を参考に、多くの企業が直面するAI導入の壁と、その解決策を考えてみましょう。
壁1:「使われないAIツール」
多くの企業では、AIツールを導入しても実際に使われません。原因は、ツールを導入するだけで、使い方の教育や業務フローへの組み込みが不十分だからです。
HiBobの解決策:
- 各GPTにドキュメント、トレーニング、担当者を設定
- 「作ったら終わり」ではなく、継続的にサポート
壁2:「セキュリティとコンプライアンスの懸念」
AIに社内データを入力することへの不安が、導入を妨げるケースがあります。
HiBobの解決策:
- エンジニアがセキュアでコンプライアンスに準拠したシステムを構築
- ChatGPT Enterpriseを採用(企業データを学習に使用しない)
壁3:「継続的な改善ができない」
最初は使われても、次第に使われなくなるAIツールは多いです。原因は、フィードバックを反映して改善する仕組みがないからです。
HiBobの解決策:
- 成功したGPTをバージョン管理
- 継続的に改善し、複数部署で共有学習
AIを活用できる組織とできない組織の違い
HiBobの事例が示すのは、AIツールを導入するだけでは不十分だということです。重要なのは、組織全体がAIを使いこなし、継続的に改善し、最終的には顧客価値につなげるサイクルを作ることです。
「従業員の90%がAIを使う」というHiBobのレベルに到達するには時間がかかります。しかし、最初の一歩は今日から踏み出せます。
HiBobがやっているように、小さな成功を積み重ね、それを組織全体に広げていくことで、AI活用が当たり前の組織文化が形成されます。そして、その文化こそが、これからのビジネス環境で生き残るための競争力になります。
あなたの会社では、何%の従業員がAIを日常的に使っていますか?もし10%以下なら、HiBobの5ステッププロセスを参考に、今日から変革を始めてみてはいかがでしょうか。
引用: openai
