OpenAI は2026年8月19日、業務データを保持せずに安全性を確保する新方式の試験導入を発表しました。
AIのデータ保持ポリシーが、大手2社で正反対の方向へ分かれ始めました。OpenAI は顧客データを保持しない「ゼロデータ保持」を維持したまま安全対策を回す仕組みを試験導入し、対する Anthropic は最上位モデルについて30日間のデータ保持を必須化する方針を示しています。どちらを使うかで、EC事業者が注文データや問い合わせ全文をAIに渡せる範囲が変わります。本記事は、EC支援19年・5,000社超の実績を持ち、AI導入支援は2023年から提供する株式会社オルセル(うるチカラ運営)が解説します。
OpenAIの新方式「Private Safety Processing」とは何か
結論から言うと、プロンプトや応答そのものを見ずに、安全性のシグナルだけを取り出す仕組みです。Axiosによると、OpenAI は8月19日、一部の顧客とともに「Private Safety Processing」の試験を始めたことを明らかにしました。狙いは、ゼロデータ保持(ZDR)の約束を守りながら、複数のやり取りをまたぐ悪用パターンを検知することです。
仕組みの要点は3つです。第一に、OpenAI 側に送られるのは限定的に定義された安全性シグナルのみで、元のプロンプトや応答は開示されません。第二に、顧客データは顧客側の管理下にあるインフラに置いたままにするか、OpenAI 側に置く場合でも暗号鍵は顧客が管理します。第三に、より広い提供開始と技術ホワイトペーパーの公開は9月を予定しているとされています。
なぜ「時間をまたいだ検知」が必要なのか。同社の Product Policy 責任者 Aleah Houze は、記者向け説明会で、より高性能なモデルではリスクが単一のやり取りではなく複数のやり取りを通じて現れると述べ、あるソフトウェアの脆弱性を尋ねた人物が別の会話でリモートアクセスや検知ツールについて聞く例を挙げています。単発では無害に見える質問が、束ねると攻撃準備に見えるというわけです。
Anthropicは逆に「30日保持」を必須化、モデル選定の前提が変わる
対照的に、Anthropic は最上位クラスのモデルについてデータ保持を求める側に振れています。同社はリスクレポートで、ゼロ保持に慣れた顧客には不評であり事業リスクもあるとしつつ、「複数リクエストにまたがる高度な攻撃を検知し防ぐために不可欠だと考えている」と説明しました(Axios経由)。対象は Claude Fable 5 / Mythos 5 相当以上の能力を持つ「covered models」で、同社サポート文書では、保持されたやり取りは既定では同社の担当者も読めず、自動検知でフラグが立った場合など限定された経路でのみ人的レビューが行われると案内されています。PYMNTS はこの方針をエンタープライズのAIガバナンスの穴を露呈させるものだと報じています。
ここで起きているのは、性能と保持期間のトレードオフです。従来は「上位プランほど守られる」でしたが、いま起きているのは「最も賢いモデルほど、安全対策のためにログが残る」という逆転です。OpenAI 側も無条件でゼロなわけではなく、開発者向けドキュメントでは API の入出力は不正利用検知のため最大30日間保持されるのが既定で、ZDR は対象エンドポイントについて営業窓口経由で申請する必要があると案内されています。さらに Axios は、今回の仕組みが対象とするのはエンタープライズおよびAPI顧客であり、Free・Plus・Go・Pro といった個人向けプランの利用者には ZDR の設定が適用されないと伝えています。
日本のEC事業者が確認すべき3つの論点
第一の論点は、自社が使っているのが個人向けプランなのかAPI・エンタープライズ契約なのかの切り分けです。楽天RMSやAmazonセラーセントラルから落とした注文CSVを、店長個人のChatGPT有料プランに貼って集計している現場は珍しくありませんが、そこは今回のゼロ保持強化の対象外です。個人データの取扱いを外部に委託する場合、事業者には委託先の監督義務が生じます(個人情報保護法)。プラン種別を把握していない状態は、その監督ができていない状態と同義です。
第二の論点は、モデル選定基準に「保持期間」を正式な項目として入れることです。これまでは精度・速度・単価の3軸で選んでいた店舗が多いはずですが、ここに保持期間と保持主体を足す必要があります。商品説明の生成のように個人情報を含まない用途は最上位モデルで構いません。一方、問い合わせ全文の要約やレビュー分析のように氏名・住所・購入履歴が混ざる用途は、保持ポリシーを確認したうえでモデルを決めるべきです。うるチカラでも顧客データをAIに渡す前提の設計や越境ECでの個人データの置き場所を整理しています。
第三の論点は、渡すデータ量そのものを減らすことです。保持されるかどうかを気にする前に、氏名を注文IDに置き換える、住所を都道府県までに丸める、といったマスキングを前処理で挟めば、保持ポリシーの違いに振り回される範囲が小さくなります。あわせて、誰がいつどのデータをAIに投入したかを記録する監査ログの整備も、事故が起きたときに範囲を特定するための最低限の備えになります。
今後の動き
9月に予定されている OpenAI の技術ホワイトペーパーで、安全性シグナルの具体的な内容と、どこまでが「元データを見ない」と言えるのかが示される見込みです。ここが明確になるまでは、ゼロ保持という言葉だけで安心せず、契約書と設定画面で自社の適用範囲を確認するのが現実的な対応になります。Anthropic 側も30日という数字が今後の上位モデルに継続適用されるのかは要確認です。
まとめ
OpenAI はゼロデータ保持を維持したまま安全検知を行う方式を試験導入し、Anthropic は最上位モデルに30日保持を課す方向へ進みました。日本のEC事業者にとっての実務対応は、プラン種別の切り分け、モデル選定基準への保持期間の追加、投入データのマスキングの3点です。性能だけでモデルを選ぶ時代は終わりつつあります。
参考文献
- Axios: OpenAI previews zero-retention safety system as Anthropic requires data logs
- OpenAI: Offering Zero Data Retention for frontier models
- OpenAI: Enterprise privacy
- OpenAI: Data controls in the OpenAI platform
- Anthropic Help Center: Data retention practices for Covered Models
- PYMNTS: Anthropic’s 30-Day Data Policy Exposes Enterprise AI Governance Gaps
※うるチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴社のEC事業に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://uruchikara.jp/contact/
引用元: Axios
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / 19年・5,000社のEC支援実績)

株式会社オルセル代表取締役 / うるチカラ編集長。19年・5,000社以上のEC支援実績を持ち、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピング・Shopify・Shopee越境ECの実装ノウハウを保有。AI×ECに関する書籍を3冊執筆。「現場で使えるAI実装」を一次情報として発信しています。