Claude が全プロンプトを、モデルに届く前に検査できるようになりました。
Anthropic は2026年8月5日、Claude Enterprise 向けの新機能 Inference hooks をベータ公開しました。Inference hooks とは、Claude に送られる全てのプロンプトとツールの応答を、自社が用意したサーバーが許可か拒否かで判定する仕組みのことです。EC事業者の現場で言えば、スタッフが受注データや顧客リストをAIに貼り付けようとした瞬間に、社内のルールで止められる層が入ったということになります。本記事は、EC支援19年・5,000社超の実績を持ち、AI導入支援は2023年から提供する株式会社オルセル(うるチカラ運営)が解説します。

Claudeの全プロンプトが自社サーバーの判定を通るようになった
結論から言えば、検査は例外なく全リクエストに入ります。組織が Inference hooks を有効にすると、推論リクエストは署名付きの WebSocket 接続を通って自社のセキュリティサーバーに渡り、モデルが生成を始める前にプロンプトとその文脈が送られます。サーバーが返せるのは allow か deny の二択で、書き換えや伏せ字にはできません。判定が返るまで Claude は処理を進めません。
対象はチャットだけではありません。Claude Code、Claude Cowork を含む Claude Enterprise の各面に、組織単位で一度設定すれば適用されます。さらに重要なのが、ツール呼び出しの戻り値も検査対象になる点です。MCP コネクタ、スキル、プラグイン経由で呼ばれたツールの応答は、モデルに返される前に一度チェックされます。
導入のしやすさも設計されています。オープンな Webhook ベースのプロトコルで、Netskope、Palo Alto Networks、Proofpoint、Zscaler など既存のDLP製品に向けることも、自社構築のサーバーを指すこともできます。いきなり止めずに済むよう、常時許可のシャドーモード、役職単位の除外、段階的な適用率の指定も用意されています。Bandwidth の情報セキュリティ担当VPである Andrew Grimmett は「Inference hooks は、Claude に流れているものをモデルが見る前にリアルタイムで検査する検問所を追加してくれます」と述べています。
論点1: 教育で守らせるのをやめ、経路の上に検問を置く
日本のEC事業者にとっての第一の論点は、対策の置き場所です。多くの現場では「顧客名や電話番号はAIに貼らないでください」という研修と誓約書で運用しています。しかし止められるのは、悪意のある持ち出しではなく、締切に追われた担当者の善意の作業です。楽天RMSからダウンロードした受注CSVをそのまま貼って集計を頼む、Amazonセラーセントラルの注文レポートを丸ごと投げて返品傾向を聞く、Shopify管理画面の顧客リストをコピーしてセグメント案を出させる。どれも悪気なく起きます。
Inference hooks の考え方は、人の記憶力ではなく経路の上に検問を置くというものです。これは以前取り上げたAI侵害の92%は権限設定なしという話と地続きで、鍵を渡す前提を見直す議論の延長線上にあります。ツール応答まで検査対象に含まれた点も見逃せません。自社の受注データベースやRMSをMCPで接続した瞬間、AIに返ってくるのは検索結果ではなく実データです。MCPコネクタの業務別の選び方やMCPエンタープライズ認可の境界設計と併せて、入口と出口の両方を見る設計に切り替えるべき段階です。
論点2: 止める設計より、止まらなかったときの設計を先に決める
第二の論点は、検査が失敗したときの挙動です。ここは公式の開発者向けドキュメントを読むと現実的な難所が見えます。判定のタイムアウトは1〜10,000ミリ秒で設定でき、既定は5,000ミリ秒です。この時間は接続からTLSハンドシェイク、応答までの全体に対する予算で、再試行は接続失敗時に100ミリ秒後の1回だけです。
特に注意すべきは本文サイズです。会話の記録は途中で切られずに送られ、上限は10MBに達します。一方で nginx の client_max_body_size は既定1MB、Express の express.json() は既定100kBです。受け側がこれを拒否すると Webhook 失敗として扱われ、組織の失敗時ポリシーが「許可して通す」側に設定されていれば、大きな添付を含むプロンプトほど無検査でモデルに届くことになります。さらに失敗が続くとサーキットブレーカーが作動して検査自体が止まり、復旧には管理者が設定画面で有効化し直す操作が必要です。安全側に倒せば業務が止まり、業務側に倒せば検査が抜ける。このトレードオフを、導入前に文書で決めておく必要があります。
なお、サーバーに送られる記録に含まれるのは会話の本文、ツール呼び出しと結果、添付から抽出されたテキストと過去のやり取りまでで、システムプロンプトやツール定義、Claude の内部的な推論、ファイルの生バイトは含まれないとドキュメントに明記されています。検査層に何が渡るのかを社内で説明するとき、この線引きは重要です。
論点3: Enterprise未契約でも、今日から動かせる部分がある
第三の論点は、自社に何ができるかです。Inference hooks は Claude Enterprise 向けのベータ機能なので、中小のEC事業者がすぐ有効化できるとは限りません。それでも設計思想は転用できます。
初動として現実的なのは4つです。第一に、受注・顧客・仕入価格・原価の4種類について、AIツールに貼ってよいかを判断できる一覧を1枚にまとめること。第二に、直近1か月でAIに投げた作業を担当者本人に書き出させ、どこに実データが混ざったかを実測すること。第三に、AIに繋ぐ社内システムを棚卸しし、接続前に読み取り範囲を絞ること。ここはClaude Codeを自社サーバで動かす3条件やFocusビューと認証情報マスキングが参考になります。第四に、レビュー文面や問い合わせ本文からAIが誘導される間接プロンプトインジェクションへの備えを、入力側の検査とセットで考えることです。
まとめ
Inference hooks の本質は、AIの利用を禁止と許可の二値で管理するのをやめ、経路の上に検問所を置いたことにあります。日本のEC事業者がまず着手すべきは、高価な仕組みの導入ではなく、どのデータがどの経路でAIに流れているかを実測することです。検査層を買う前に、検査すべきものを特定する。順番はここからです。
参考文献
- Inference hooks: inline data loss prevention for Claude Enterprise(Anthropic 公式ブログ, 2026年8月5日)
- Develop an Inference hooks integration(Claude Platform Docs)
- Configure Inference hooks(Claude Platform Docs)
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引用元: Anthropic 公式ブログ
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / 19年・5,000社のEC支援実績)

株式会社オルセル代表取締役 / うるチカラ編集長。19年・5,000社以上のEC支援実績を持ち、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピング・Shopify・Shopee越境ECの実装ノウハウを保有。AI×ECに関する書籍を3冊執筆。「現場で使えるAI実装」を一次情報として発信しています。