米国のブランド経営者が集まった非公開の会合で、AIの語られ方がこの数か月で変わったことが報告されました。実験的なマーケティングツールではなく、事業の基盤として使い始めたという話が相次いだのです。日本でも中小EC事業者の約7割がAIを導入していますが、その87.1パーセントが課題を抱えています。本記事は、EC支援19年・5,000社超の実績を持ち、AI導入支援は2023年から提供する株式会社オルセル(うるチカラ運営)が解説します。
米ブランドの幹部は、AIを実験ではなく業務の基盤として使い始めました。

米ブランド幹部がAI基盤を3週間でつくった話
Modern Retailが2026年8月3日に報じたところによると、ファッション・ビューティー・小売の創業者やCスイート層が集まった会合で、AIを事業の基盤として扱う発言が続きました。会合はGlossyとModern Retailの共催で、発言者を特定しないチャタムハウスルールのもとで行われています。
具体的な話が2つ出ています。1つは、あるブランドが物流・有料広告・カスタマーレビュー・Reddit上の会話を1つにつないだ社内インテリジェンス基盤をつくった例です。事業全体の相関を見つけ、改善の糸口を探すのが目的でした。この取り組みは採用計画にも及び、ある幹部は、より効率的にこなせると分かった業務について、出していた求人を取り下げたと語っています。
もう1つは、これまで分断されていたEC側と実店舗側のデータを、6桁ドル規模の技術投資なしに統合した例です。構築にかかった期間はおよそ3週間でした。以前は10万ドル以上の投資を要した作業が、社内の手で短期間に終わったことになります。
一方で、消費者向けのクリエイティブにはAIを使わないと決めた創業者もいました。ビューティー領域、特にZ世代のあいだで反発が起きやすいためです。従業員の抵抗、データセキュリティ、誤った出力を鵜呑みにする危険への懸念も共有されました。この線引きの考え方は、小売のAI活用に線引きをする論点でも整理しています。
日本は7割が導入済み、それでも87.1パーセントが課題
日本のEC事業者の状況は、数字の見え方が調査によって大きく変わります。ネットショップ担当者フォーラムが伝えたPayPalの「中小企業によるEコマース活用実態調査2026」では、ECを実施する中小企業の約7割がAIを導入済みでした。利用ツールはChatGPTが47.6パーセント、Geminiが33.5パーセント、Copilotが22.2パーセントです。
ただし用途は、メール作成・提案書作成・議事録作成といった文章作成を伴う日常業務が中心でした。そして導入企業の87.1パーセントが課題を感じており、内訳は業務が属人化しているが20.8パーセント、AIを導入する前に業務整理が必要が19.8パーセント、費用の負担が18.8パーセントと続きます。障壁はツールの性能ではなく、既存業務の整理不足と運用体制の側にあるという結果です。

対照的なのが、エルテックスの通信販売事業関与者の実態調査です。2025年7月時点で、通販事業へのAI導入済みは12.7パーセントにとどまりました。約7割と12.7パーセントという開きは、ツールを触っている状態を数えるか、事業の仕組みに組み込まれた状態を数えるかの違いです。日本の多くの現場は前者で止まっている、と読むのが実態に近いと考えます。米国の会合で出た社内インテリジェンス基盤の話は、まさに後者の段階にあたります。
会合ではモールとの関係についても踏み込んだ発言がありました。小売業者はかつてブランドの認知づくりを助けていたが、いまは店頭スタッフの手配まで含めてブランド側に負わせている、という指摘です。別の参加者は、どの小売業者も最後は自社の利益を優先すると考えておくべきだと述べています。楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピングに出店する日本のEC事業者にとっても、販促費と集客の負担がどちらに寄っているかを見直す論点になります。
EC経営が次に投じる3つの資源
会合で語られた結論を1文で示すと、AIで築いた優位は競合にとっても同じ優位になる、というものでした。ここから導かれる投資先を3つに整理します。
1つ目は、つながっていない自社データです。楽天RMSの受注データ、Amazonセラーセントラルのビジネスレポート、Shopify管理画面の顧客データ、問い合わせメールは、多くの場合それぞれの画面に閉じたままです。まずは月次でCSVを1か所に寄せ、返品理由とレビュー内容と広告経由の購入を突き合わせるところから始められます。属人化が課題の1位である以上、ツール選定より業務の棚卸しが先です。
2つ目は、AIで空いた時間の配り先です。求人を取り下げた話を人員削減と読むと本質を外します。会合では、ブランディング目的で開いた店舗が発見と再購入の場になり、最初の3か月で9回のイベントを開いた例が共有されました。AIは目的の決まった買い物を速くしますが、知らなかった商品との出会いをつくるのは別の仕事です。外部チャネルの見直しも同じ発想で、ある参加者はアフィリエイトの成果を新規顧客と既存顧客で切り分け、支出を減らしながら収益性を上げたと述べています。AIがアフィリエイトの前提を変える動きと併せて確認する価値があります。
3つ目は、社内の思い込みを解く時間です。会合では、誰もが他社は自分たちより進んでいると思い込んでいる、という発言がありました。ある創業者は人事コンサルタントを入れて従業員がAIをどう使い何を不安に思っているかを聞き取り、社内ガイドラインと研修に落としています。日本の調査でも導入前の業務整理が課題の2位でした。何を任せ、どこで人が確認し、どこは触らせないかを文章にする作業は、問い合わせ自動化の境界線設計と同じ手順で進められます。組織の側の設計については、AIを前提にした体制の組み替えも参考になります。
なお、会合はチャタムハウスルールのため、発言した企業名や事業規模は公表されていません。日本の中小EC事業者が同じ手順で同等の成果を得られるかは、公開情報からは確認できないため要確認とします。
まとめ
AIの導入率そのものは、もはや差別化の指標になりません。日本の中小ECは約7割が導入済みでありながら、用途はメールや議事録にとどまり、87.1パーセントが課題を抱えています。差がつくのは、自社にしかないデータを結合できるか、AIで空いた時間を人にしかできない仕事へ回せるか、そして社内の業務整理を先に済ませられるかの3点です。今後は、AI活用を開始または拡大する予定の企業が48.7パーセント、未導入のままか縮小予定が24.8パーセントと二極化が進むと見られています。
参考文献
- Modern Retail: Retail’s new operating model centers on leaner teams, smarter data and physical community
- Glossy: Glossy & Modern Retail Leaders Dinner
- ネットショップ担当者フォーラム: 中小EC実施企業が使うAIツールはChatGPTが47%
- PR TIMES: エルテックス「通販事業へのAI導入は12.7%(2025.7)」
- エルテックス 調査コラム
※うるチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴社のEC事業に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://uruchikara.jp/contact/
引用元: Modern Retail
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / 19年・5,000社のEC支援実績)

株式会社オルセル代表取締役 / うるチカラ編集長。19年・5,000社以上のEC支援実績を持ち、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピング・Shopify・Shopee越境ECの実装ノウハウを保有。AI×ECに関する書籍を3冊執筆。「現場で使えるAI実装」を一次情報として発信しています。