OpenAI は2026年8月、Mac の操作履歴を ChatGPT の記憶に変える Computer History を公開しました。
クリック、キー入力、ショートカット、アプリの切り替えを記録し、それを日単位のタイムラインと検索可能なメモリに変換する機能です。The Decoder が2026年8月14日に報じました。EC事業者にとっては、受注処理や在庫更新といった反復作業を AI が自動で覚えてくれる利点と、顧客の個人情報が乗った画面まで記録対象になりうるリスクが、同じ1つのスイッチに同居することを意味します。本記事は、EC支援19年・5,000社超の実績を持ち、AI導入支援は2023年から提供する株式会社オルセル(うるチカラ運営)が、Computer History を業務PCに入れる前に確認すべき3つの論点として整理します。
Computer History とは何を記録する機能か
Computer History とは、Mac 上のアプリとウェブサイトをまたいだ操作イベントを記録し、ChatGPT と Codex が文脈として使えるメモリに変換する機能のことです。記録されるのはクリック、キー入力、キーボードショートカット、アプリの切り替えで、これらは macOS のアクセシビリティ機能を通じて読み取られます。
重要なのは「画面を撮らない」という設計です。OpenAI の説明によれば、スクリーンショット、画面録画、マイク入力、システム音声はいずれも取得せず、プライベートブラウジング中の操作も記録対象から外れます。これは2026年4月に公開された前身機能 Chronicle からの明確な方向転換です。Chronicle は画面録画をベースにしており、録画データは6時間で削除される仕様でした。今回の Computer History は、録画ではなく操作イベントという軽いデータを扱う方式に切り替えたことになります。
記録されたイベントは定期的にテキスト要約に変換され、Markdown のメモリファイルとしてローカルに保存されます。タイムライン画面では、その要約が日付と時刻でグルーピングされ、どのアプリが関わっていたかも表示されます。
さらに特徴的なのが、繰り返し作業の検出です。ChatGPT がユーザーの活動から反復パターンを見つけると、タイムライン上で Skill や自動化の作成を提案します。ユーザーはその記録済みワークフローをもとに、Codex に再利用可能なテンプレートを作らせることができます。
論点1:メモリファイルは暗号化されずローカルに残る
第一の論点は、生成されたメモリファイルが暗号化されないまま端末に残り続けることです。ここが EC 事業者にとって最も直接的なリスクになります。
一時的なイベントファイルは ChatGPT アプリのアプリグループ内に置かれ、48時間で削除されます。しかし、そこから生成されたメモリファイルは平文の Markdown としてローカルのファイルシステムに残り、ユーザーが手動で削除するまで消えません。これらのファイルは暗号化されていないため、同じ macOS ユーザーアカウントで動作するプログラムであれば読み取れる可能性がある、と The Decoder は指摘しています。
EC の現場に引き直すと、この意味は具体的です。楽天市場の RMS で受注一覧を開き、Amazon のセラーセントラルで注文レポートを確認し、Shopify の管理画面で顧客タグを編集する。こうした日常操作の要約が、購入者名や住所の断片を含んだ形でテキストとして端末に残る可能性があります。個人情報保護法上、EC 事業者は取得した個人データの安全管理措置を負っています。暗号化されていない平文ファイルが業務PC に蓄積される状態は、その説明責任を難しくします。
なお、メモリの生成にあたっては一時イベントファイルが OpenAI のサーバで処理されます。OpenAI は処理後にそれを保持しないと説明していますが、法令上の要求がある場合は例外とされています。
論点2:学習利用の線引きと、OpenAI 自身が警告するプロンプトインジェクション
第二の論点は、学習利用の範囲とセキュリティです。結論から言えば「メモリファイルそのものは学習に使わないが、それがチャットに出た後は別」という二段構えになっています。
OpenAI は、Computer History が生成したファイルを AI の学習に使わないとしています。ただし、そのメモリが後続のチャットで文脈として呼び出された場合、そのチャットの内容はユーザーのデータ管理設定次第で学習データになりうる、とされています。業務データを扱うなら、データ管理設定の確認は必須です。
もう1つが、OpenAI 自身が公式ドキュメントで警告しているプロンプトインジェクションのリスクです。Computer History はアプリやウェブサイトから内容を取り込むため、ウェブページに仕込まれた悪意ある指示が ChatGPT や Codex を誤作動させる可能性があります。この構図は、当メディアで解説してきたプロンプトインジェクション対策の考え方と同じです。EC 事業者は日常的に仕入先サイト、競合の商品ページ、レビュー欄、問い合わせフォームの本文を業務PC 上で開きます。攻撃面はむしろ広いと考えるべきです。
OpenAI はさらに、チャットやメールなどコミュニケーション系のアプリでは会話の全員が明示的に同意していない限り使わないよう推奨し、健康・金融・個人情報を扱うアプリについては記録の一時停止か除外を勧めています。

論点3:日本は提供対象で、判断は自社に委ねられる
第三の論点は、日本の EC 事業者が「使うかどうかを自分で決めなければならない立場」にあることです。
Computer History は ChatGPT の Pro、Business、Enterprise 向けに提供され、欧州経済領域、スイス、英国では現時点で利用できません。つまり GDPR 圏では規制側がブレーキをかけている一方、日本は提供対象に含まれます。規制で止めてもらえない分、社内ルールで線を引く必要があります。
権限設計は多層になっています。Business と Enterprise のワークスペースでは、まず管理者が機能を有効化する必要があり、それだけでは動きません。各ユーザーが個別に同意し、さらに Memories 機能もオンにする必要があります。ユーザー側は、どのアプリとウェブサイトをデータ提供の対象にするかを include リストと exclude リストで制御でき、記録は macOS のメニューバーからいつでも一時停止・再開できます。この多層構造は、ChatGPT Business の席数と権限設計を検討したことがある事業者には馴染みやすいはずです。
初動として現実的な順番は次のとおりです。まず、いきなり全社展開せず、管理者側は有効化を保留したまま検証端末1台で試すこと。次に、exclude リストに受注管理画面と顧客情報を扱うツールを先に登録し、記録してよい範囲をホワイトリスト的に狭く始めること。そして、メモリファイルの保存先と削除手順を運用手順書に書き、退職者端末の初期化フローに「メモリファイルの削除」を明記することです。反復ワークフローの検出機能は、レビュー返信や在庫更新のような定型作業と相性が良いので、まずは顧客情報を含まない作業だけを対象に効果を測るのが安全です。AI 側の記憶をどう業務に組み込むかという設計思想は、Claude のメモリ機能をECで活用する考え方とも共通します。
まとめ
Computer History は、スクリーンショットを撮らない設計にすることでプライバシー面の不安を1段下げた一方、生成されたメモリが暗号化されない平文で端末に残るという新しい論点を残しました。日本は提供対象地域であり、止めてくれる規制はありません。EC 事業者に必要なのは、機能を全否定することでも全面導入することでもなく、顧客情報を扱う画面を先に除外し、検証端末1台から効果とリスクを実測することです。
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参考文献
- The Decoder: OpenAI’s Computer History turns your clicks and keystrokes into a searchable ChatGPT memory timeline
- The Decoder: OpenAI’s Codex now watches your screen to remember what you’re working on(前身機能 Chronicle の解説)
- OpenAI: Computer History 公式ドキュメント
- OpenAI: Memories 公式ドキュメント
- 個人情報保護委員会: 個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン
引用元: The Decoder
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / 19年・5,000社のEC支援実績)

株式会社オルセル代表取締役 / うるチカラ編集長。19年・5,000社以上のEC支援実績を持ち、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピング・Shopify・Shopee越境ECの実装ノウハウを保有。AI×ECに関する書籍を3冊執筆。「現場で使えるAI実装」を一次情報として発信しています。