EU AI法の透明性義務とは、AIとのやり取りやAI生成コンテンツを利用者に開示させる規定のことです。
その規定が、2026年8月2日から適用されます。同時に、欧州委員会と各国市場監視当局の執行権限も動き出します。違反した場合の制裁金は最大1,500万ユーロまたは全世界年間売上高の3パーセントのいずれか高い方で、AIモデル画像やAIチャット接客をEU向けに使っている越境EC事業者には他人事ではありません。本記事は、EC支援19年・5,000社超の実績を持ち、AI導入支援は2023年から提供する株式会社オルセル(うるチカラ運営)が解説します。英国の法律事務所Lewis Silkinは「合成コンテンツは自ら名乗らなければならない、というのがEUの明確な立場です」と整理しています。

今日から動くもの、先送りされたもの
まず押さえるべきは、8月2日に始まるのは第50条の透明性義務であって、高リスクAIの規制ではないという点です。両者は直前に切り離されました。
規制緩和法である「Digital Omnibus on AI」(規則 EU 2026/1744)は、2026年7月24日にEU官報へ掲載され、7月27日に発効しています。2024年6月のAI法成立以来、初めての本格的な改正です。この改正により、附属書III(採用・与信・教育などの用途)に該当する単独型の高リスクAIの義務は2026年8月2日から2027年12月2日へ、製品組み込み型(附属書I)は2028年8月2日へ、それぞれ後ろ倒しになりました。米法律事務所Gibson Dunnは、この延期を「規制の解体ではなく、運用基盤が間に合わなかったことの実務的な追認」と位置づけています。
一方で、第50条はほぼ手つかずで残りました。AIと対話していることを利用者に知らせる義務、ディープフェイクの開示義務、公共的な話題に関するAI生成テキストの開示義務は、予定どおり8月2日から適用されます。例外は機械可読マーキング(第50条2項)だけで、8月2日より前に市場に出ていたAIシステムには2026年12月2日までの猶予が与えられました。逆に言えば、8月2日以降に提供が始まるAIシステムは、その時点から機械可読マーキングが必要になります。
欧州委員会は適用の2週間前にあたる2026年7月20日にガイドラインを公表しました。イタリアの法務ブログNicFabによると、ガイドラインはチャットボットが「直接対話型AIシステム」に当たることや、スペルチェックや文法修正のような通常の編集操作は対象外であることを例示しています。あわせて6月10日に公表された「AI生成コンテンツの透明性に関する行動規範」に署名すれば、加盟国ごとに個別の説明を求められず、EU全域で一律に適合を示せます。
日本の越境EC事業者にとっての3つの線引き
日本の事業者に直結する論点は3つです。いずれも「EUに拠点があるか」ではなく「出力がEU域内で使われるか」で線が引かれます。
1つめは適用範囲です。AI法第2条1項(c)は、第三国に所在する提供者・展開者であっても、そのAIシステムの出力がEU域内で使われる場合に適用されると定めています。日本国内に法人があり、EUに拠点がなくても、自社Shopifyサイトの配送先にEU加盟国が入っていて、そこにAI生成のモデル画像を掲載していれば射程に入りうるということです。まず越境ECの進出先としてEU向け販売をしているかどうかを、事実として確定させる必要があります。
2つめは、責任の所在が販売側にあるという点です。Lewis Silkinは「プラットフォームはツールを供給するが、コンプライアンスは自社のものだ」と指摘しています。AI画像生成ツールを契約しているからといって、その義務がベンダー側に移るわけではありません。ディープフェイクに当たる画像・動画・音声を公開したのが自社であれば、ラベル表示の責任は自社にあります。以前の記事「EUがAI生成画像に表示義務」で整理したとおり、対象になるのは実在の人物と誤認させる人物表現であり、人物の写らない商品単体写真や背景差し替えは原則対象外です。線引きは変わっていません。
3つめは、表示の作法が具体的に決まったことです。行動規範では、ラベルは利用者が最初にそのコンテンツに触れる時点までに、操作を必要とせず直ちに認識できる位置に置くことが求められます。動画なら冒頭に表示し、広告の中断後など一定間隔で繰り返す。テキストなら見出しの近く、本文の上部に置く。EUは大文字の「AI」を主要素とする公式アイコンを用意しており、複数の加盟国で視認性と理解度が検証されています。商品ページの片隅に小さく「AI生成」と添えるだけでは、この基準を満たさない可能性があります。

制裁金より先に響くもの、そして初動アクション
制裁金の水準は決して低くありません。第50条違反は最大1,500万ユーロまたは全世界年間売上高の3パーセントのいずれか高い方です。ただし中小企業とスタートアップについては計算が反転し、固定額と売上比率の低い方が上限になります。日本の中小EC事業者にとっては、この比例原則が実質的な安全弁になります。
もっとも、罰則より先に響くのは消費者の反応です。米アパレルのJ.Crewが商品写真にAI生成画像を使いながら表示をしなかった件は、Futurismなどで取り上げられ、反発を招きました。2025年12月に公表された研究では、AI生成画像を使った広告に対し、消費者が「機械的」「専門性に欠ける」「信頼できない」と受け取り、サービスを避ける傾向が確認されています。表示義務は消費者の不信に対する制度的な回答であり、隠すほど不利になる構図です。この点は、Amazonの商品画像をAIで作るか撮影するかという判断とも直結します。
初動アクションは3つに絞れます。第一に、EU向け販売の有無を確定させることです。Shopifyの配送地域設定、eBayやEtsyの出荷対象国、自社サイトの多言語切り替えを見て、EU加盟国が含まれるかを確認します。含まれないなら、当面の優先度は下げて構いません。第二に、公開しているAI生成物の棚卸しです。人物が写るモデル画像、AI生成の商品動画、AIチャット接客、AIで書いた商品説明文を洗い出し、どれがディープフェイクに当たるかを仕分けます。所在が分からないものは表示の判断もできません。第三に、ベンダーへの確認です。使っている画像生成ツールや接客チャットが、メタデータへの署名付き記録と不可視の電子透かしという多層的なマーキングに対応しているか、契約書面で確認しておきます。単一の透かしだけでは第50条2項の要件を満たさないとされています。
なお、AIチャットが「AIである」と名乗る設計義務は一次的には提供者側にありますが、実装した画面で実際に表示されているかを点検する責任は運用側に残ります。自社ブランド名で提供している場合の役割区分は解釈の余地があり、ここは要確認です。また、AI生成物をめぐる法的責任は各国で急速に固まりつつあり、ドイツの裁判所がSunoの著作権侵害を認定した判決のように、学習と出力の両面に責任が及ぶ流れが出ています。日本国内のみで販売している事業者にとってもEUの基準は無関係ではなく、開示を前提にした運用へ寄せておくほうが将来の手戻りが小さくなるという見立てです。
まとめ
2026年8月2日から、EU AI法第50条の透明性義務と当局の執行権限が動き出しました。高リスクAIの規制は2027年12月へ延期されましたが、AIとの対話の開示とディープフェイクのラベル表示は予定どおりです。EU向けに販売している日本の越境EC事業者は、まずEU販売の有無を確定させ、公開中のAI生成物を棚卸しし、機械可読マーキングの対応可否をベンダーに確認するところから着手するのが現実的です。
参考文献
- Lewis Silkin, The EU’s new AI labelling rules: what every organisation needs to know
- Lewis Silkin, The Digital Omnibus on AI enters into force today
- Gibson Dunn, EU AI Act Omnibus Agreement — Postponed High-Risk Deadlines and Other Key Changes
- EUR-Lex, Regulation (EU) 2026/1744(Digital Omnibus on AI)
- EUR-Lex, Regulation (EU) 2024/1689(AI Act)
- European Commission, Code of Practice on Transparency of AI-Generated Content
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引用元: Lewis Silkin
【監修】齋藤竹紘(株式会社オルセル代表 / 19年・5,000社のEC支援実績)

株式会社オルセル代表取締役 / うるチカラ編集長。19年・5,000社以上のEC支援実績を持ち、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピング・Shopify・Shopee越境ECの実装ノウハウを保有。AI×ECに関する書籍を3冊執筆。「現場で使えるAI実装」を一次情報として発信しています。